2人だけでは「自由」は生まれない。人気ドラマ『三体』を観て心理学者が考えた考えた“3P問題”

 

【共依存は固定的な関係】

よく社会学の先生が、「人間が3人集まるとそこに『社会』が生まれる」と言うことがあります。

1人ぼっちの存在を「社会」と呼べないのは分かりますが、面白いのは2人でもまだ社会とは呼べないという点です。

人の集団を「社会」と呼ぶためには、複数の人々が関わり合い、共通のルールに従って行動するという条件が満たされる必要があります。

たとえば、何人かの人が同じ地域に存在しても、彼らがバラバラに孤立していて、連絡も取り合わず、共同で行動することがなければ、それは社会とは呼べません。

2人の場合は、たとえ彼らが仲良しこよしで密接な関係にあったとしても、それは「相互依存」的な関係であり、2人の行動や感情は一つに結びついていて切り離すことができないわけで、その点が社会と呼ぶには難ありなのです。

たとえば、母子関係や熱愛カップルなどはいずれもべったりと結びついた「相互依存関係」にあり、これは特殊な人間関係と言うべきでしょう。

2人っきりの関係は、このように限られた「枠組み」で成り立っていますから柔軟性に欠け、融通が利きません。ですから、社会的なルールに基づいて役割行動を分担することはできないのです。

また、2人の間でトラブルが生じた場合、解決方法は限られるので、それが機能しなければ簡単に関係が崩壊してしまうのです。

先に書いたように、物理学における「三体」の挙動が複雑で、予測不能であるということは、それだけ可能性に満ちているわけです。

ですから、2人が3人になった途端、相互作用のあり方も行動も複雑になり、予測不能、つまり自由な可能性がそこに開けて来ました。

つまり、社会には、自由に意味を追求できるという機能が備わっているのです。

これに対して、二つの天体の軌道が「ケプラーの法則」でスッキリと予測できるということは、2つの質点の関係性は「限定的」であり「固定的」であると言い換えることもできるわけです。

固定的なので、軌道の予測もし易いのです。

つまり、2人の人間の「共依存的」で密接な関係性は、太陽の周囲の楕円軌道を延々と回り続ける惑星の動きのように「固定的」なのです。

固定的なものは融通性に欠け、同じことの繰り返しであり、ほとんど「自由」はありません。

共依存的な関係における自由は極めて限定的です。

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