ここへ来て、トランプ大統領の置かれた状況について「ウォーターゲート事件」との類似を指摘する声が出てきています。1972年から74年にかけて起きたこの事件では、確かに特別検察官が設置されて弾劾裁判が始まり、その結果が出る前に大統領は辞任したわけです。
例えば、5月9日のコミーFBI長官解任について、1973年10月20日に発生した「土曜の晩の虐殺劇」つまり「コックス特別検察官解任事件」のようなものだという形容も多く見られますが、どうなのでしょうか?
まずこの「土曜の晩の虐殺」ですが、これは非常にドラマチックな展開だったわけです。ウォーター・ゲート事件というのは、要するに72年の大統領選で「勝てるか分からない」と疑心暗鬼にかられたニクソンが、スパイを民主党本部に送り込んで盗聴を行っていたことと、そのもみ消しを図った容疑が中心でした。
その際に「ホワイトハウスの中での会話」が秘密裏に録音されていた、その録音テープを証拠として開示するかしないかが、特別検察官とニクソンの激しい攻防となっていました。あくまで開示せよというコックスに対してニクソンは解任という対応を行ったわけです。
この「虐殺」事件とFBIのコミー長官解任事件を比較すると、現在とウォーター・ゲートの違いがよく分かるのではないかと思います。
まず、コミー長官は大統領が簡単にクビに出来る地位なので、あっさりクビになりました。これに対して特別検察官は、大統領を捜査する特別職なので、大統領は解任する権限がありません。そこでニクソンは司法長官に命じたのですが、司法長官はこれを拒否した上で抗議の辞任、司法副長官も抗議の辞任、その次席がやっとコックスを解任という大騒ぎになっています。
結果的に一夜にして司法長官、司法副長官、特別検察官のクビが飛んだわけで、正に「虐殺」という比喩がされているのです。ですが、今回のコミー解任では、反対に司法長官や司法副長官は「解任を提案」してきた側ということになっているのですから、少し違います。
またウォーター・ゲートの場合は、まず民主党本部に潜入したホワイトハウスのスパイは最初に逮捕されてしまっているわけです。つまり、具体的な犯罪の事実は事件の最初に出てしまっていて、以降はホワイトハウスの関与、そして大統領の関与を証明していくプロセスになって行きました。当初は、世論は気にも留めていなかったものが、メディアと司法当局の努力でジワジワと大統領が追い詰められていったのです。
一方で、今回の「ロシア疑惑」については、何が起きたのか良く分からないのです。民主党の側は、「トランプがロシアに頼んで」、「ヒラリー陣営の情報を不正入手していた」とか「ヒラリーのメールをハックしていた」というのですが、決定的な証拠があるわけではありません。
ですから、現時点での「事件の深刻度、具体的な容疑」ということでは、ウォーター・ゲートとは比較にならない「あいまいな」ものだということは言えます。
もう一つ、ウォーター・ゲートとの違いは、当時の与党共和党は少数与党だったということです。ですから、下院で「過半数」の必要な弾劾提案決議が通りそうになった(決議の前に大統領は辞任)わけですが、2017年の現在は与党共和党が上下両院の過半数を抑えています。これは大きな違いです。
つまり共和党にはある種の自由度があるわけです。民主党主導での大統領弾劾が気に入らなければ、弾劾決議を葬り去ることもできるからです。つまり、大統領がスキャンダルから「逃げ切れる」という判断をして、共和党議会も「今後もトランプで行こう」となった場合は、弾劾は成立しません。