池田信夫メールマガジン「エコノMIX」

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新政権が発足しましたが、どのようにご覧になりますか?

総裁選挙戦でも、各候補者とも弱者救済とか、そういう話題は一般受けするから話すんだけど、規制改革とか民営化という話はみんなひっこめちゃっていましたね。TPP(環太平洋パートナーシップ)も最初は言っていたんですけど、野田さんも海江田さんも簡単にひっこめちゃいました。前原さんが言っていたくらいで、鹿野さんに至っては、農業保護を前面に押し出してきた。

なぜかというと、規制をやめて市場経済にまかせるという話は、あんまり一般受けしないとわかっているから、「生活を守りましょう」という話ばかりを一生懸命するんです。どこの国でもそういう傾向はあるんだろうけれど、日本は特にそれが強いんです。

でも、ここまで財政が行き詰っているのに、今のままみんなの年金を守って、財政赤字がさらに拡大していったらまずいことになるのは候補者の皆さんはわかっています。このままじゃ持たないことはわかっているのに、社会保障をカットするなどということを公然と唱えたら、「弱肉強食だ」だとか「弱い者いじめ」だとか言われるので言えない。かろうじて野田さんが増税の話をしたくらいですよね。

おそらくあの候補者の中で言うと前原さんがいわゆる自由主義に比較的近いと思うんです。その前原さんと当選した野田さんは、ともに松下政経塾出身です。あの団体を松下幸之助さんが作ったのは、その頃、日本の政治家のみならず知識人の中で、左翼の影響、社会主義の影響が圧倒的に強く、それに対して、自由主義だとか松下さんのようにビジネスのことをわかっている人がほとんどいなかったので、ビジネスのわかる政治家を育てたいという趣旨からだったんです。

そういう意味では前原さん、野田さんというのは、かろうじてその志を継いでいるんだろうけれど、そんな人でも総裁戦のような場に出てきたら、そういうことをあまり言えない。

でも、日本がこの20年間、どんどんダメになってきているのは、そこのあたりのことを乗越えられていないからなんです。今後、なんていうかな、多少痛い目に遭う人も出てくるでしょうけれども、思い切って何かやらないで今のまま既得権を守り続けたら、ずるずると坂を転げ落ちていくだけです。早いところやり直したほうがいいと思いますね。

残念ながら野田さんのイメージだと、そういうふうにはできないでしょう。しかも日本人は自由主義だとか市場経済というものを受け付けないという感覚が非常に強いので、難しいですよね。

池田信夫さん

なぜ日本人はそういったものに対する拒否反応が強いのでしょうか。

僕は本質の問題は理屈の部分じゃないと思いますね。人間の頭っていうのは、脳科学で言うと新皮質っていうロジックで考える部分と、古い部分、つまり、反射神経っていうか、感情の部分との二層に分かれています。自由主義とか市場経済っていうのは理屈としてはもの凄く単純な話なので、脳のロジックの部分で考えれば、「効率的だ」ってすぐに結論が出るんだけど、古い脳の部分が受け付けないんです。

それは、日本人の進化の中で、古い脳の部分に、みんな仲良くするとか、誰か一人だけが得をしてはいけないというのが埋め込まれているからなんですね。利己主義的に行動するのがよくないということなんだけれど、それがなぜいけないのかという理屈はないんです。ないんだけれど、気持ちとしてそういうエゴイスティックなやつは許せないだとか、儲けにうるさい人間はいやしいやつだとか、そのレベルの反発が市場メカニズムに対する嫌悪感になっているんです。日本人はどの国の人よりもその傾向が強いと思います。

さらに、文化的なところも影響しています。日本人は同質性が強くて、コミュニティの結束が非常に堅いので、平等主義的な傾向が強いんです。家とか村と言われるどちらかというと小規模な集団でやっていくという文化なんですね。そういうこともあって、感情的な部分で、自由主義や市場経済=利己主義、そんなものは許せないという感情が根強いんだと思います。

今起こっている問題は、そういう日本人がなじんできた、会社とか役所とか、要するにみんなが就職したら定年までお世話になるっていうことを前提にしてきた、戦後ずっと続いてきたある意味平等主義的な仕組みの中に、たとえば今まで一つだった会社がバラバラになるとかアウトソースされるとか、あるいは海外に行っちゃうとか、市場メカニズムが入ってきてしまったということですかね。

たとえば日立だとか三菱だとか、ああいう社員総数30万人なんていう会社になると、今まで通りやっていると働かない人がいっぱい出てくるから(笑)、子会社を作って全部独立採算にすればいいじゃないかってことで細かく分けたら900社くらい子会社ができちゃって、その子会社に仕事を振るより中国に頼んだ方が安くなる、なんていうことになる。つまり、今まで一つの家・コミュニティとして存在していた会社が、どんどん市場メカニズムに浸食されてしまうわけです。

それでも同じグループだからっていうことで赤字の子会社を抱えて、そこに儲かっているところからお金をつぎ込む、というのが日本の会社のやり方で、当然ながら収益は落ち込んでいく。これが日本がこの20年沈んでいる基本パターンなんですよね。

だから、自由主義や市場経済が嫌いだと言いながら、社会としてはそれに対応せざるを得なくなってくるわけですよ。中国に明らかに負けている下請け企業を守るために、円高を阻止して為替介入だなんてやったって、そんなもの永遠に続けられないんですから。一時的には何とかなるかもしれないけれど、残念ながら中国との競合はこれから激しくなる一方なんだから、どこかでメスを入れないと社会全体がガタガタになってしまいます。

言い方は悪いかもしれないけど、万有引力の法則みたいなもので、中国の賃金は日本の1割なんだから、同じ仕事をやっていたら絶対にかなわない。それはもう、いい悪いを越えてしまっているんです。だから、いかに市場経済というものと折り合いをつけていくかということを、日本人が気持ちを切り替えていかなければ先はないですよね。

どうしてそれができないんでしょうか。

会社の経営者は今お話したようなことは分かっていると思うんですが、普通のサラリーマンはあまり理解していないでしょうし、主婦に至ってはまったくわかっていないでしょう。理解していない、わからないのだから変えようがないんじゃないでしょうかね。

さらに言えば、そういうことをするということは、「日本の伝統や文化を投げ打つけしからん事だ」という人がいることです。しかもそういう意見が多くの国民から歓迎される。僕も、藤原正彦さんが『国家の品格』等の中でおっしゃっていることは、気持ちとしてはわかるんですけど、藤原さんみたいに国立大学の名誉教授で、たくさん印税をもらえる人はいいんですよ。でも、自分で給料を稼がなきゃいけない人っていうのは、伝統とか誇りとか武士道なんて言ってたって、飯は食えないわけですよ。そのへんの割り切りを日本人としてどうつけるのか。やはり気持ちの問題ですよね。けっこう難しい問題だとは思いますが。

このまま受け入れられずに行ったら、日本はどうなりますか?

客観情勢がものすごく悪くなっているのに、それに今までの日本の仕組みを守ったままで対応すると、財政にしわ寄せが来ます。おそらくあと10年、下手をすればあと5年くらいで破綻して、銀行の取り付け騒ぎが起きるなど、冗談じゃなくパニックが起こる可能性があります。

しかもそれだけでは済まなくて、そこから立ち直るときに、大増税、あるいは年金支払額の大幅な引き下げのどちらかが起こるでしょう。政府債務が900兆円を超えていることはよく知られてますが、年金特別会計は800兆円以上の積み立て不足なんです。だから将来、大幅な負担増か支給減は避けられない。さらにこれが社会的な大パニックを引き起こす可能性もあります。

そういう破局的な局面に直面するのがいいのか、それとも今から少しずつ軌道修正するのかっていう選択の時だと思います。

今の60歳以上の老人と、今日生まれた赤ちゃんとでは、一生涯の負担と給付の差が1億円あるんですよ。一人当たりですよ。オギャーと生まれた瞬間に、1億円の借金を背負うわけです。こんな社会、とてもじゃないけど持たないですよ、常識的には。

どうすればそれを回避できるのでしょうか?

まずは、これまでお話ししてきたように、自由主義や市場経済を受け入れることです。そして、これは無駄というべきかどうか難しいところなんですが…、政府支出の中で最大の負担っていうのは社会保障なんですよ。社会保障を大幅にカットする以外に、日本の財政危機を脱する方法はありません。

日本の社会保障というのは、特に田中角栄のあたりから、非常に無原則に増やしてきたんです。その角栄以来、自民党政権が続けてきた約束を、どこかで破らなければいけないわけです。そしてそれは、残念ながら絶対に避けられないんです。とにかく早くその“約束”を破らないと、遅れれば遅れるほど、大きなパニックが起こる可能性が高まります。

池田信夫さん

私たちにできることはなにかありますか?

そのことについてこれからメルマガで書いていきたいと思っています。第1部では、いま問題になっているエネルギー問題をシリーズで取り上げます。第2部では読者のみなさんの質問に答えて、こうした日本経済の危機的な状況について考えますので、ご期待ください。

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池田信夫さんプロフィール

株式会社アゴラブックス代表取締役。上武大学教授、SBI大学院大学客員教授。1978年、東京大学経済学部を卒業後、NHK入社。93年に退職後、国際大学GLOCOM教授、経済産業研究所上席研究員などを歴任。学術博士(慶應義塾大学)。著書に『日本経済「余命3年」』(共著)、『古典で読み解く現代経済』など。個人ブログの他、言論サイト「アゴラ」を主宰。

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