メグ先生の森の診療所

メグ先生の森の診療所

  • 美味しい野菜を選べる力がつく
  • 放射線について正しい知識を得ることができる
  • 直接メールで質問できる
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宮田恵さん

先生が医者を志した理由と野菜ソムリエの資格を取ろうと思ったきっかけを教えてください。

岩手の田舎育ちなので、“自分は自然の一員”というような感じで、日々の食事は四季の素材そのものでした。自分でも「これは食べられる」と知ったものは、試しに食べるような子どもでした。木の実や山菜、時には薬草など、たとえそれが酸っぱくても苦くても、とりあえず食べてみる、みたいな。それで口の中や周りを紫にそめたり、お腹を壊して両親に叱られたり、なんてことも度々ありましたが、そんな経験全てが味覚形成の素地になっています。

そういった生活を送る中で、「薬学部に入って生薬の勉強がしたい」と思うようになりました。生薬つまり植物の成分や生体内機能、特にお茶の研究がしたかった。なぜか「これからはお茶だ!」とその時、思ったのです。「お茶だったら静岡」ということで、静岡薬科大学に入って、お茶の研究をしようと。今思えば、人生選択、誤ったかな(笑)。

それで、高校でも理系でしたが、ある時、地元の医科大学に行くのなら奨学金があるという話を聞きまして、岩手県は医師が少ないので、かなり以前からそういう制度があったのですね。岩手で生まれ、大学までずっと教育を受け、今もこうして勤務医をして暮らしています。

今でこそ変わってきているとは思いますが、私が大学を卒業したころは、女性医師は処遇が悪く、メジャーな内科、外科にはとても行ける時代ではありませんでした。そこで私は、MRIなども出てきたころでしたし、これからは画像診断が発展するだろうから、放射線科にいれば何とかなるしつぶしが利くと思って入局したのですね。結局10年在籍して、専門医とか学位などをいただいたのですが、放射線科ですと専門的になりすぎてしまい一般診療ができない・・・・。そこで子連れの医師10年選手ながら、いろいろなお取り計らいのおかげで、県立病院の内科で1年間研修させていただきました。

研修を終えた後、町に帰って、自分のおじいちゃんを在宅で看取ったり、叔父さんの糖尿病と格闘したり、地域で暮らしながら患者さんを診てきましたが、それまでとは視点が全く変わってきました。PTA、おじいちゃんのゲートボール仲間とか、そういう方を診ながら生活していくと、病気を治すという意味あいが変わってきました。大病院の医療が、どうしてこんなに「人々の暮らし」から離れてしまっているのだろうと思ったのです。処方してもきちんと服薬していないし、食事や生活指導も言われた意味さえ理解していない、そして臨終もほとんどが病院のベッドの上…、という現実です。加齢にともなう身体の機能低下を病気として扱い、検査や投薬がなされていて、生きるという自然のプロセスに従えばいいのに、といつも思っていました。

人々が病気の知識がなければ治療効果も上がらないと思い健康教室を開催して、小難しい講義をしたこともあったのですが、楽しくなければ誰も来ない。それを楽しく語るためにはどうしたらいいか。野菜かなぁってその時思いまして、調べてみたら野菜ソムリエという資格があり、一度受講したら、それがなかなか面白い。とりあえず最高位のシニアまで取ったのですが、まったく新しい領域でしょう?自分でも戸惑いましたが、宮城県の食育アドバイザーを頼まれたり、講演なども自分なりのスタイルで構成したりと積み重ねているうちに、「ああ、こういうことがオリジナルなんだ、これが自分しか発信できないこと…」と自信もついて来て、徐々に舞台が大きくなり、仕事の幅も増え、食育も医療現場からやっと評価されるようになり、現在に至る、という感じです。

野菜ソムリエって、難しくないのですか?

それなりに領域も広く勉強をしなければならないので、時間も制限があり辛くはありましたけど、勉強そのものは楽しかったですよ。図書館にも通ったし、いろいろな資料から発見もありましたし。

野菜ってどんどん品種改良されてきて、味はおろか含まれる栄養価や成分までも昔とは変わってしまったということを、野菜ソムリエの勉強をして気がつきました。どうしてそういうふうになってしまったか…、その大きな理由が農業事情と食産業の問題ですよね。それがいいとか悪いとか評価するつもりはありません。そういう推移の中で私たちは野菜の味も成分も昔とは変わってしまっている、と言うことに気付かず、そして美味しい野菜を知らずに生活しているわけですよね。

ならばもっと視点を変えようよ、と思うのです。あるものを買うのではなくて、「こういう野菜がほしい」「こういう野菜を作ってね」っていう声がなければ生産者の意識は変わらないわけですし、いつになってもスーパーには工業用品のような形が同じだけの野菜が並ぶことになります。生産現場の人たちとのやり取りなどもしているので、医師という本業とは全然違うところに行きがちなのですが(笑)、そういう活動を評価してくれる人もいて、農研機構のお仕事なども来るようになりました。

野菜のおいしさの重要な要素というのは、誰がどこで作っているのか、その背景、つまり環境だと私は思っています。

環境ということに関して言えば、世界の人口が爆発的に増えていますが、そうなってくると日本は「お金を出して世界中から食料を買えばいい」という状況でもなくなってきます。自分たちで食料を生産して食べていくという、“食糧生産の出来る環境”も重要です。消費者が「安ければいい」と言って買っていると、日本の農業は伸びっこない。安くて当たり前と思っている消費者側の問題でもありますよね。私はこのことをずっと以前から言い続けてきていますが、食品の放射能汚染がクローズアップされ、最近ようやくこの言葉がみなさんに浸透し始めてきたような気がします。

環境にしても食にしても、自分たちでいいものを選んで行かないと、その選び方によっては気づかないうちに不幸な結末になってしまいますよね。放射能汚染にしても、本当に嫌だったら自ら住む場所を移動しています。福島でもそうですよね、仕事のためにお父さんだけ残って、ほかの家族はどこかへ避難というケースも。現実的にそれぞれの事情はあるでしょうが、生きるという事は最終的に自分自身の決断と選択です。

放射能に関して言えば、実際、危険なのですか?子どもの年間許容被曝線量が20ミリシーベルトとか、いろいろあったじゃないですか。

その基準をとやかく言う段階ではないと思います。だって科学的に断定できないグレーな領域なのですから。最終的に、「あ、やっぱりあの時20じゃダメだったよね、1だったよね」だとか「あ、20でも全然平気じゃない」っていうのは、かなり過ぎ去ってからじゃないとわからない。我々の世代では結論は出ません。それを議論することは、私の仕事ではないと思います。

その一方で皆さんが飛び交う情報に翻弄されているのもどうかなって思います。とにかく皆さん、自分なりの基準を作ることです。自分はどこに住み、何を食べ、どう暮らしていくのか。その安全と安心にどれだけお金を投資できるのか、という事だと思います。森の診療所で選択のお手伝いをしていけたらと考えています。

今、東北の状況はどうですか?

心のケアの観点から見ると、興奮期、ハネムーン期、絶望期、真の復興期、という段階があります。最初は興奮状態で、「家族を探さなきゃ、食料を調達しなきゃ!」と活動的になるのが「興奮期」。そのあとの「ハネムーン期」というのは、「ああ、みんな大変だよね。共に手を携えて頑張ろう!」という感じ。今はそのあとの「絶望期」なんですよ。これはちょっと長く続くもので、1年ぐらいかかるのですけれども、原発事故が解決のめどが立たないので、こちらは長引くでしょうね。復興がすすまない被災地の人なんかは、ちょっと言葉をかけたとしても、「ほっといてくれよ」という方もおりますし、ただ茫然と暮らしているだけの方もいらっしゃいます。この段階を乗越えると、現実を見て、自分の足で歩き始める「真の復興期」に入りますが、まだまだ大変です。

そういうことをメディアでは言ってくれませんよね。「今は絶望期」だなんて言うと怒られるからですかね?

日本はメディア規制があるでしょう?震災後、国民はこれまで以上に真剣に新聞を読んでいますよね。そういう時期に、記者の人たちには報道の使命を持ってほしいと思いますが…、記者さんたちも書くことに対して恐れてしまっているのか、「私はこうしている」とか「こう願っている」なんていう“被災者の生の声”ばっかりを延々と紹介して、次の解決の方向、ベクトルが全然見えてないのです。私はたとえ生活保障を受けている方々でも「まずは畑があるなら耕し、作物を育てて食べていこう!」と主張したいですよ。どんな時代でもそうして人々は生きてきました。

健康でいられるためには、どんな野菜を食べたらいいのでしょうか?

人が10人いれば10通りの食生活がありますし、その人がどこでどのような生活をしているのか、ということも違いますよね。

さらに、“体にいい”というのは、10人いれば10人の体の状態があるわけですから、「あなたに必要な野菜はこれで、そのうち毎日食べられるものはこれですね」っていう形でアドバイスしなければならないわけです。同じ野菜でも味や栄養価の違いもあるし、すべての人が良い野菜を手に入れられる環境でもありません。

そういう質問が、メルマガの読者からも来るかもしれません。

質問が来たら、「あなたはどのような人でどのような生活状況ですか?」ってメールを返して、またお返事いただくというのが、役に立つ回答を出せると思います。

宮田恵さん

メルマガを通じて伝えたいことは?

日本は自然災害も多いし、戦争があったり飢饉があったりと、辛い時代も幾たびかあったと思うのです。日本が経済成長をした時代は、ほんの一瞬でした。その短い時期に食べ物とか環境が劇的に変わり、その結果私たちの心も体も変わってしまったわけですよね。それは本当に「幸せな時代」だったのかな?

日本人って本来どういう生活をしていたのか、どういうものを食べてきたのかをもう一度きちんと考えなおし、畑を耕したり野菜の昔の味を追求したり、味噌などの発酵食品を生産する生活をすれば、日本のかつての環境、食、そして健康なこころと身体をとりもどせると思います。全員でなくていいのです。日本は50歳以上の人口比率がかなり高くなりましたから、その方々の仕事にぴったりなのです。これは日本文化の再創造でもありますし、原発事故後、日本からすっかり遠のいてしまった外国の方々の心を呼び戻すきっかけになると思います。

大人たちは、こころと身体、日本文化を再創造した後、美しい環境と日本文化を遺して旅立つ、それを生きがいにしてほしいと思うの。私たちは日本の土を良くしてから、そこに帰りましょう、日本の肥やしになりましょう(笑)。メルマガでは、そのお手伝いをしたいと思います。

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宮田恵さんプロフィール

岩手県出身、岩手医科大学医学部卒業。医学博士、放射線科専門医、抗加齢医学(アンチエイジング医学)専門医、日本医師会認定産業医、みやぎ食育アドバイザー。 岩手県で生まれ育ち、大学まで岩手で教育を受ける。大学付属病院から僻地診療所まで、さまざまな医療を経験。食と健康について幅広く研究するために、シニア野菜ソムリエを取得する。研究テーマは、子供から大人までの食育、野菜・果物で知る味覚のナチュラルサイエンス、食と放射能。 論文や学会発表だけが通用する医師の実績、そこに疑問を抱きながら、社会を幸せにする医師としての実績を日々模索し続けている。

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