冷泉彰彦のプリンストン通信

冷泉彰彦のプリンストン通信

  • 様々な事件の背景を冷静に知ることができる
  • 日本”について俯瞰的に見られるようになる
  • 直接メールでメッセージや質問を送れる
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まずは簡単な自己紹介をお願いできますでしょうか。

アメリカに住んでもう21年になります。最初は日本の福武書店という会社にいたんですが、そこと資本提携しているアメリカの会社に来たのが21年前ですね。それから独立して大学院に行ったり教育活動をしたりした後にジャーナリズムの活動を始め、今に至るという形です。

ジャーナリズムの活動を始めるきっかけは何かあったのでしょうか。

ひとつの転機になったのは、2001年9月11日に起きたアメリカ同時多発テロです。あの時、アメリカは戦争に向かって突っ走っていくという雰囲気もあったんですけど、そういったものをいろんな観点から伝えることが必要ではないかと思ったんです。そんな時にたまたま作家の村上龍さんから、彼が主催するJMMという無料のメルマガに週に一度書いてほしいという依頼を受けまして、それからずっと、もう13年になりますか、毎週毎週アメリカの様子をレポートしています。今はニューズウィークの日本語版の方でコラムも書いています。

そんなわけで最初の内はとにかく「アメリカで起きていることを正確に日本の人に知ってもらいたい」というところに力を入れてきたわけなんですけれども、途中からアメリカと日本を行き来するようになると、今度は日本で起こっている事件や問題なども関心を持って見るようになりました。そういうことが起こるというのにはいろいろと深いわけがあって、年に5~6回日米間を往復しているとなんとなくわかってくる。

自分はアメリカに住んでいるので、たとえば日本のマスメディアにいる人が日々起きる事件起きる事件に対応しながら流されて行ってしまうというのとはちょっと違う、離れたところから冷静な視点で見ることもできるのではないかと考え、日本に関する評論なども始めました。

よく考えてみるとアメリカに関するレポートについて結構幅広くやっていますね。単にオバマ大統領がどうだとかアメリカの景気がどうだとかといった政治経済の問題や、戦争がどうしたこうしたっていうだけじゃなくて。私、いろんなことに関心があるので(笑)。

たとえば野球にもものすごく興味があって、アメリカに来る前からずーっとヤンキースファンなんですが、こちらに来てからすぐにジーターっていう若いのにすごく華がある選手が出てきて、彼がここぞという時に打ちまくってバーッとスターになっていく過程も見ていますし、そこに松井秀喜選手がやってきて、ああいう形で彼の持ち味を出し活躍して尊敬される過程も、黒田博樹投手がすごい評価を勝ち取るまでの過程も当然見ていますし、かなり“アメリカ目線”で大リーグ内の日本人選手の位置づけみたいなものもずっと追いかけてきているので、これも重要な取扱い領域だと思っています。

映画も取扱い領域に入りますね。アメリカの映画って世相を反映しているので、「こういう世の中だからこういう映画ができたんですよ」ということを伝えるのがすごく重要なんです。町山智浩さんって人はそれをきちんとやっている人ですね。私は彼のようにズブズブのコメディやかなりヤバい世界だとかっていうのは得意じゃないわけではないんですけど彼みたいに詳しくないので(笑)それは町山さんにお任せで、私は歴史的なものだとか戦争と平和、たとえばイラク戦争と映画の関係だとか、そういうようなことも野球同様追いかけてきているので、そちらの方をテーマにしています。

冷泉さんはNHK-BSで放送されている『cool japan』にもご出演なさっていますね。

あの番組はすごく面白いですよ(笑)。日本にずっと住んでいるだけだと、たとえば日本の文房具や武術、武道ではなく武術っていうのがあるんですけど、そういったものって世界的にすごく評価されているっていうことに全然気づかないわけですね。だけど外国人から見るとすごくクールだっていうのがあるんです。だから私のように、日本人なんだけれどアメリカに住んでいて、日本からちょっと距離を置いているからこそ分かること、クールな日本を客観的に語ってゆくというあたりも専門分野にしていますね。

お名前ですが、ご本名かと思っていたのでペンネームと知り驚きました。どのような経緯で「冷泉姓」を選ばれたのですか?

冷泉彰彦さん

小説を書いていたことがありまして、伝説的な経営者でもあり編集者でもある角川春樹さんから「覚えやすくて派手なペンネームをつけるといいよ」というアドバイスを受けたんです(笑)。そこで一緒に考えるなかでこういう名前になったという経緯です。

ただ「冷泉」という性はすごく由緒ある苗字で、今でも京都の和歌の宗家にご当主がいるので、どこかのところできちんとご挨拶に行かなければならないと思っています(笑)。ある方から「ちゃんとご紹介します」という話もいただいていることですし。

そういった経緯なんですね。では冷泉さんが文章を書く時、ものを考える時、一番大事にしていることはなんでしょうか。

ふたつあります。ひとつは「読んでいる人が何に一番関心があるのか」だとか、「何を知っていて何を知らないのか」だとか、そういったものをできるだけ意識するということです。また、「自分はこういう環境にいてこういうことに関心がある」、あるいは「こういうことに困っている」から私の文章を読んでいるのだと思っていますので、それもしっかり意識しています。だからいきなり「投げつける」ような文章は書かないようにしていますね。

もうひとつは、トピックというのはただ単にポッと起きるのではなく、まわりにいろいろな理由や経緯があるものなんです。たとえば「ヤンキースに田中将大投手が莫大な契約金で入りました、途中でケガをしたけど、特に批判はされていません」というのもポンと起きた事象ではなく、それはやっぱり日本人選手が、とくにピッチャーで言うと野茂英雄選手をはじめとした何人もがすごく活躍したので、だからアメリカ国内で期待感があるんですよ。アメリカでは日本の野球界で鍛えられた人に対する評価がものすごく高いんです。

実はアメリカにはちゃんとした先発ピッチャーがもう足りない(笑)。おそらく精神面の問題だと思うんですけど、ラテンアメリカからものすごい球を投げる選手が来ても、多くの場合は潰れちゃうんですよね。アメリカ生まれで少年野球、高校野球、大学野球を経てドラフト上位で入ってきて期待されてという若手も、先発ローテーションに入ったら潰れてしまうパターンが多い。それにくらべて日本球界で実績をあげた人のほうが成功する確率が高いというふうにアメリカでは考えられているわけなんですが、こういう話をきちんとしないと、なんで田中将大投手にあれだけの金額を払い、そして期待されているかということは伝わらないと思うんですよ。

ケガの問題に関しては、田中投手は練習方針なんかも球団とちゃんと話し合ってやってきたし、日本での酷使の結果なら「本人は悪くない」、アメリカのファンはそうやって考えるんですね。そういう意味で、背景にあるストーリーをできるだけビビッドに伝えようということを常に意識しています。だからすぐ「冷泉さんは文章も話も長い」なんて言われるんですけど、しょうがないんです(笑)。事象だけを表面的に取り上げても全然意味がないんですから。

なるほど。そんな冷泉さんが尊敬されている方、影響を受けた方がいらっしゃったら教えてください。

古い名前になっちゃうんですけど(笑)、自分がお爺さんになってそれでもやっぱりものを書いていた時、このぐらいの人に近づけたらいいなという人は、もう亡くなられましたけど加藤周一先生です。私の親父の知り合いでもある、海外と日本を往復しながら日本のことを考えていた人です。

年は「憲法九条を守ろう」みたいなことばかりやっているように見えましたけれど、実はものすごく関心の広い人で、もともとはお医者さんで血液学の研究家ですし、文学にも音楽にも造詣が深いし、ほかにもいろいろなことをやっていた人なので、彼が目標だな、みたいなところはあります。

それではメルマガのことについてお聞きします。有料メルマガを出そうと思ったきっかけについて教えてください。

「有料だと閉じちゃうよ」ということを言う人がけっこういて、まあそれもそうだと思うんです。「無料のほうが開かれているし社会的な影響力も確保できる」というようなことなんでしょうけれど、でもやっぱり無料だと誰が読んでいるかわかりません。そうなると、「どんな極端な人が読んでも、決定的にカチンとこないように書き込まなければいけない」ということを念頭に置かなければならなくなります。ところがあまりそういうことばかりに気を遣ってしまうと、大手の新聞や雑誌みたいに読んでて面白くなくなっちゃうという危険性があるわけですね。その危険がないように書いてはいるんですけれど、すごいストレスです。

逆に有料だと、お金を払う価値があると思ってくださる方に対して書けるわけで、おかしな気遣いはしなくて済みますし、さらにそういう人たちとの関係性によって自分の考え方っていうものがまとまってくるしシャープになってくるだろうというところもある。

もうひとつ言えば、Q&Aコーナーでくだけたものを含めた質問に答えるうちに生まれたアイディアがメインコンテンツに反映されるという“有料メルマガの世界独特のカルチャー”というものがあると思うんですが、それを是非やってみたいと思ったんですよね。それには読者の方のご協力というのが絶対に必要なので、それはぜひお願いしたいなとも思います。

そのメルマガですが、盛り沢山な内容の中で「フラッシュバック」という連載はユニークですね。21世紀の今、45年前の歴史を一日ごとに追いかけることの意義を教えてください。

一つには、1960年から70年代というのは本当に世界が激動していたと思うんです。冷戦はまだまだ続いていたし、その中でアメリカはベトナムの泥沼から抜け出せないで「もがいて」いたわけです。そんな中で、世界中で「団塊の世代」の若者たちが「反乱」を起こしていた、そんな時代の空気感を今振り返ると色々な発見があるんです。

それと、日本の場合は高度成長が最高潮に達していたんですね。経済は「イケイケドンドン」で怖いものはないみたいなムードがあった。でも、今、日本の経済や社会が苦しんでいる問題の「芽」というのは、みんなこの時代にあるんですね。例えば、その後でオイルショックで苦しんだり、円高で苦しんだりということはあります。その延長上にバブルの崩壊と、失われた20年がある。でも、そうした問題の根っこにあるのは、この70年前後にあるんです。あの時、日本は何を間違ったのか、あの時の日本には可能性があったのに、その可能性はどこで消滅してしまったのか、そうした検証を行うというのはとても大事な作業だと思います。

例えば、人口の問題にしても、1969年の時点でもう日本の政府は「長期的には人口減になる」可能性を指摘しているんですね。でも、結局何もしないままズルズルと45年来てしまった。これは何なのだろうということですね。

最後に、読者にメッセージをお願いします。

冷泉彰彦さん

日本も世界もものすごく変化が激しいので、私はとにかくいろいろな情報を集めてきて、ひとつの事象には複雑な背景があるんだよといったことを書いていこうと思っています。もちろんいろんな意見があると思います。そういった時に、「それは違うんじゃないか」とか「それは間違っている」というのではなくて、「いや、それにはこういう見方もあるよ」とか「この観点を入れると面白いよ」というようなレスポンスもたくさんいただきたいと思います。また、私が持ち出した観点の中で賛成できないこともあるかもしれませんが、部分的には役立つことがあるかもしれないので、そういう所はぜひ役に立てていただきたいなと思います。

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冷泉彰彦さんプロフィール

東京都生まれ。東京大学文学部卒業、コロンビア大学大学院卒業(修士、日本語教授法)。福武書店(現、ベネッセ・コーポレーション)、ベルリッツ・インターナショナル社、米国ニュージャージー州立ラトガース大学講師を経て、現在はプリンストン日本語学校高等部主任。1993年より米国在住。メールマガジンJMM(村上龍編集長)に「FROM911、USAレポート」を毎週土曜日号として寄稿(2001年9月より、現在は隔週刊)。「Newsweek日本版公式ブログ」寄稿中。NHK-BS『cool japan』に「ご意見番」として出演中。テレビ朝日系列『朝まで生テレビ』、TOKYO FM『クロノス』『タイムライン』などメディアへの出演多数。著書には『アイビーリーグの入り方』(CCCメディアハウス)、『上から目線の時代』『関係の空気 場の空気』(講談社現代新書)、『チェンジはどこへ消えたか オーラをなくしたオバマの試練』『アメリカは本当に貧困大国なのか?』(阪急コミュニケーションズ)など多数。

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