チュニジアの旧宗主国・フランスで路上強盗に遭った男

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むむむ、どういうことだ?警察へ行けって、おまえは警察の人間じゃないんかい。

怒りは増幅し、絶対に警察に訴えてやると誓う。

通行人に警察署の場所を確認してようやくたどり着き、受付で簡単に事情を説明したところ、担当の中年の警官はずいぶん同情してくれ、取調べ室のようなところへ僕を通して再度熱心にこちらの話を聴いてくれた。そして、

「どこで襲われたか、場所を正確にいえる?」

「はい、パルー通り15番地の前で」

「パルー通り15番地?」

彼はそう聞き返し、壁に貼られた大きなマルセイユ市街図と向き合って場所を確認する。そしてこういった。

「パルー通り15番地。ここだね。うーん、残念。その通りは管轄違いなんだよ」
「はあ? 管轄違い?」

「そう。この警察署では扱えないんだ。ほら、地図上のこの警察署がパルー通りを管轄しているから、あなたはそっちへ行かなければならない。それに、もう午後11時か。今夜は遅いから、今から行っても無理だな。明日の朝、行きなさい」

トホホや。心底トホホや。これでは増幅した怒りの矛の納めどころがないじゃないか。

しかしこういわれてしまえば、今夜やるべきことがない。被害届は明日の朝の話だ。しかたがない、今日は宿に帰ってピザを食べよう。どうにか気分を落ち着かせて、ピザにまで気持ちが向いたところではたと困った。買ったはずのピザがない。今までピザのことを完全に忘れていた。さては路上強盗め、俺の夜食のピザまで持ち逃げしやがったか。

まったく踏んだり蹴ったりの典型例である。

ナルボンヌ近郊のぶどう畑。枝道に一歩入ると、丈の低いワイン用ぶどう畑が広がる。

ナルボンヌ近郊のぶどう畑。枝道に一歩入ると、丈の低いワイン用ぶどう畑が広がる。

ポケットをまさぐると、小銭で15フラン(375円)出てきた。連中はお札だけ持ち逃げしたのだ。僕は警察署を出ると、1時間ほど前に立ち寄ったテイクアウトのピザ屋へ直行し、その15フランでもう一枚「ピッツァ・フロマージュ」を買って宿の前まで来た。

忌まわしい路上強盗の現場はその50メートル先である。僕は被害現場をしっかり頭に叩き込んでおこうと決心し、宿を通り過ぎてパルー通り15番地まで進む。

ここだ。たった1時間ほど前、僕はここで強盗に襲われた。こめかみの出血は止まったが、側頭部と首筋はしばらく痛むだろう。明朝、絶対に警察に被害届を出すぞ。

心の中でそう力強く宣言して、路上に視線を落とす。と、そこには、強盗連中が持ち去ったと思い込んでいた「ピッツァ・フロマージュ」の薄っぺらな箱が、上下逆さまの状態で落ちていた。

僕はついニヤリと笑ってそれを拾うと、両手のひらに「ピッツァ・フロマージュ」の箱をひとつずつ載せて宿に戻った。

 

『あるきすと平田のそれでも終わらない徒歩旅行~地球歩きっぱなし20年~』第4号より一部抜粋

著者/平田裕
富山県生まれ。横浜市立大学卒後、中国専門商社マン、週刊誌記者を経て、ユーラシア大陸を徒歩で旅しようと、1991年ポルトガルのロカ岬を出発、現在一時帰国中。メルマガでは道中でのあり得ないような体験談、近況を綴ったコラムで毎回読者の爆笑を誘っている。
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