原発差し止めの重い意味。司法は「原発と政権」にストップをかけられるか?

 

かつて経産省に核燃料サイクルからの撤退を訴える動きがあった。2013年4月21日朝日新聞連載「プロメテウスの罠」は以下のように記述している。

経産省の若手官僚が「19兆円の請求書」という文書を手に動き始めたのは、2004年3月のことだった。

 

(中略)

 

使用済み燃料を再処理してプルトニウムを取り出す再処理工場の建設を「止めるべきだ」と訴えた。

 

(中略)

 

原子力発電は、始まったときから「核燃料サイクルあっての原子力」とされてきた。原発で使い終えた核燃料を再処理し、再び原発で燃やす。そのサイクルがあるからこそ、原子力は「夢」だった。

 

(中略)

 

核燃料サイクル路線をとって工場を40年間動かすと19兆円のコストがかかる。…50兆円を超えるコストになるかもしれない。にもかかわらず、誰もストップをいい出せないのはなぜか。国が政策を変えれば電力会社から再処理工場の建設費の賠償を求められる。電力会社は電気代で集める再処理費用を返せと利用者からいわれる。政治家は電力関連の企業や労組から支援を受けている……。「いったん立ち止まり、国民的議論が必要ではないか」。文書はそうしめくくっていた。

このように政府や電力会社では、どうにもならない構造がある。将来のことを度外視しても、自分たちやその組織を守ろうとするのだ。

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