元記者が怒りの告発。朝日新聞に「誤報」が掲載されてしまった訳

 

「ただの一度たりと現地での裏付けを取ろうともせず」

従軍慰安婦問題の発端は「慰安婦強制連行」の「動員指揮官」だったという吉田清治の証言だ。その内容は陸軍の西部軍司令部から出された命令書によって山口県労務報告会が朝鮮・済州島で慰安婦狩りをしたというものだが、おかしな点がいくつもあった

…西部軍司令部が、その内容がなんであろうと山口県労務報国会という軍組織でない文民の団体に命令を出す権限はない。しかも、朝鮮内のことは朝鮮総督府が行ない、山口県労務報国会ごときがそこへ出て行って勝手なことはできない。
(同上)

こうした疑問を現代史研究家・秦郁彦氏や、韓国・朝鮮研究家の西岡力氏が提起した。秦氏が現地調査をして、その証言に重大な疑いを投げかけたが、それを無視して朝日は吉田証言を取り上げ続けた

それにしても秦、西岡らが不審に思うのは、戦時中のことであろうとかくも異常な事件があったというなら、日本の目の前の土地なのだから、なぜすぐにでもチームなり、一人でも現場に取材に行かなかったのか、ということだ。

 

また、秦によれば、朝日新聞社の記者は、この関係では、2014年8月5日付の検証記事の作成に関連した取材、相談をしにくるまで、かって誰ひとりとして秦に接触してこなかったという。秦は現地調査をしたその当人なのに、である。
(同上)

「何より事実を追求するという記者のイロハがこの新聞社から消滅していたのだ」という口吻(こうふん)からは、氏のブンヤ魂から来る怒りが伝わってくる。

そもそも吉田証言が出た当初に現地で「事実の裏付け調査をしておけば、こんな大誤報は起こらなかった。事実を無視して、「旧日本軍という真実」(と朝日新聞が思い込んでいることを世間に広めようとした所から、何十年にもわたる欠陥報道が発生してしまったのである。

「記者としての変化を知らしめられ、おののいたのである」

長谷川氏は松井やよりも俎上(そじょう)にあげる。『日本軍性奴隷を裁く女性国際戦犯法廷の仕掛け人である。この「法廷」とは、昭和天皇以下、計10名を「戦犯」として挙げ、「死人に口なし」の上に、弁護士もつけずに、一方的に糾弾するという、模擬裁判にもなっていない茶番劇だった。

この松井やよりが実は朝日新聞での長谷川氏の同期で、かつては長谷川氏が産業公害を、松井が農薬害・食品安全問題を追及していた。その頃は二人揃って事実の発掘と報道を懸命に行っていた

しかし、長谷川氏が週刊誌『アエラ』編集部に移り、1991年頃、対米英開戦50周年の取材でマレー半島の山奥を訪れた時に、松井の「記者としての変化を知らしめられおののいた」(同上)。

当時、松井はシンガポールに駐在しており、戦時中にマレーシア山中で起こった日本軍の民衆虐殺」について、さかんに記事を書いていた。そして日本兵が放り投げた赤ん坊を銃剣で刺した、という話まで、繰り返し朝日の記事にしていた。

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