どん底から這い上がった引きこもり。哲学者・小川仁志の逆転人生

2018.03.26
 

仕事もそうです。残業こそできませんでしたが、大学院の後職場に戻って働くこともありました。特に区役所に移ってからは、まちづくりの最前線ですから、大学院で学んでいる公共哲学がそのまま生かせたのです。

災害のときは特にそのことを痛感しました。区役所の総務課20名ほどが10万人規模の区民の命を守れるわけがありません。それこそ地域の人たちの力を借りながら連携してやるしかないわけです。よく行政と市民は対立しているかのように見られがちですが、それはほんの一部です。両者は常に助け合う関係にある。そのことを身を以って知れたのは、私の財産です。

エリック・ホッファーという哲学者がいます。彼は「沖中仕の哲学者」と呼ばれるように、港湾労働者として働きながら独学で哲学者になり、大学に招聘されるようになっても、肉体労働を続けました。そして労働の後勉強し、執筆をしていたのです。私の場合は市役所の哲学者」でした。

市役所職員になって5年目、市役所の哲学者は、ついに「市役所出身の哲学者」になる転機を迎えることになります。当時博士の2年目、つまり大学院も4年目で、念願の博士取得まで後1年ちょっとというところまできていました。そんなある日、ふとしたことから徳山工業高等専門学校というところが、哲学の教員を募集していることを知りました。いわゆる高専です。実は高専のことは詳しく知らなかったのですが、高校と大学がくっついたようなところで、教員は大学の先生と同じ扱いでした。

したがって、原則博士はいるけど、教員免許はいらないのです。募集要項には修士以上と書いてあります。それを真に受けた私の心は揺れました。市役所で働きながら、ずっと生涯研究を続けていこうと思っていたのですが、もし研究者としてやっていけるならそれに越したことはありません。

市役所での仕事は充実していましたが、正直大学院でやることが高度になっていけばいくほど、直接役立てるのは困難になってきていました。そこで思い切って応募してみたのです。ダメ元で。すると驚いたことに面接に呼ばれたのです。

長澤まさみさんや小栗旬さんが主演の青春映画ロボコンの舞台になったということで、事前に映画も見ていきました。予習を兼ねて。映画で見たとおりの、工場と自然が調和した不思議な街でした。ロケ地に選ばれた理由もそこだったそうです。街も工場も自然も全部が一つになったところです。

面接で数人の志願者らと顔を合わせました。みんな博士の学位を持っていて、いい大学を出ています。これはだめだと思いましたが、面接はかなり盛り上がりました。何を話したかは忘れましたが、博士は来年とれるのかと念を押されたので、そこは大丈夫だと約束したことだけを記憶しています。そして実際にちゃんと翌年取得し、約束を守りました。

面接はたしか50倍近くの倍率だったみたいです。大学によっては3桁の応募があるとも聞きます。いずれにしても、ここまで来ただけで十分でした。面接の後、すぐに帰らされるのかと思いきや、しばらく待つようにいわれました。校長がもう一度話したいと言われてるとかで。そしてもう一度部屋に入ると、なんと校長から信じられない言葉が飛び出しました。「あなたさえよければうちに来て欲しい」と言ってくださったのです。その瞬間、私の三足の草鞋生活はあっけなく終わりを告げました

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