3つ目は、EUが抱える機能的な不全です。リーダーシップの欠如の問題とも絡みますが、とてつもなく長く煩雑な協議を経て、一度首脳会議及び閣僚理事会で合意された内容を、句読点すら、容易に変えることが許されないという点です。
話はずれますが、私も長年関わっている気候変動問題の交渉や、エネルギー、貿易、安全保障関連の交渉においても、実際の国際交渉に臨む前に、欧州の官僚組織に当たる欧州委員会の各担当部局が素案を作成し、それがまず関係イシューの閣僚理事会で議論し、いくつもの変更が加えられ、合意されても、それが首脳会議で再度議論され、修正されます。そしてその“案”が各国から選ばれる欧州議会で議論されるという、非常に長く煩雑なプロセスを通じて、初めて「EUの交渉ポジション」となります。
ゆえに、実際の国際交渉の現場で、各国と諸々の折衝を行った結果、当然、いろいろな修正が必要になってくるのですが、EUの交渉官は、残念ながら、場の流れに従った形で、良かれと思って自由にEUの交渉スタンスを外れるような内容には合意する権限がありません。交渉の相手としては、よく内容が練られたアイデアですので、ご説ごもっともと感じることが多くありますが、実際には非常に交渉相手としてはやりづらいです。
今回のBrexit担当首席交渉官(閣僚級)のバルニエ氏も、次期委員長かEU大統領か、と言われたほどのEU政治界の超大物ですが、そんな彼でさえ、仮に英国の担当閣僚やメイ首相との協議の場で、「なるほど!それはいいアイデアだ!」と感心したとしても、その場で合意して、その内容をEUのスタンスというようにアピールすることは許されていません。
前述のようなプロセスを経ないといけないため、クリエイティブな合意を得るチャンス・タイミングを逸する結果になってしまっています。(それは、英国内で、合意案への否定的な意見が増殖する時間を与えてしまうため)
今さらEUにおける合意プロセスの機能的な不全に気づいていたとしても、EUの決定プロセスゆえに、その改定は容易ではないという、とてつもないジレンマがあるわけです。今回のBrexit“騒ぎ”で、以前より指摘されてきた数々の問題が、ついに露呈したといえると思います。
では、今回のBrexitはどのような結末を迎えるのか。
よほどの奇跡が起きない限りは、恐らく、もっとも恐れていたHard Brexit、『合意なき離脱』となってしまうでしょう。その場合、金融市場は大きなショックに見舞われますし、域内vs.域外の関税の差異化を完了するまでには、気の遠くなるような時間がかかります。
その間に非EUの多国籍企業はもちろん、EUでの生産に欠かせない部品メーカなども、対応の煩雑さを嫌ってEU市場からの撤退を決めるかもしれません。ニュースでは、英国市場からの撤退ばかりが報じられていますが、英国にハードラインを貫くドイツやフランスも、大きなバックラッシュに見舞われてしまうことになると予測できます。
どこかの国で「リーマンショック並みの問題がない限り」という条件を耳にしましたが、それ以上のショックが世界経済を見舞う可能性も出てきたのではないかと恐れています。
私の思い違いであることを切に願いながら、今回はここまでにいたします。
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