大塚 「取引先への対応は頭が痛いですね」
所長 「そうなんだよね。口頭での返答で良いなら、取引先には『退職させる処分をします』ということでよいと思うけど、どのような処分をしたか書面で返答してほしいと言われているそうで、困っておられたよ」
新米 「難しそうですね。懲罰委員会は開催されたんでしょう」
所長 「T社さんに訪問する際は、いつも役員会議に参加する感じなんだ。小人数のときでも、社長、副社長、専務、総務室長、総務主任と私だ。今回は、さらに営業次長に営業課長、それにご本人と9人での開催だったね」
新米 「大所帯ですね」
所長 「会社は、初犯だという本人を信じていただけにショックが大きかったようだよ。嘘をつかれた…と」
大塚 「本人との信頼関係もですが、取引先との信頼関係も大きく崩れることになりましたね」
所長 「そうなってしまったね。ただ、気になることがあるんだ。男性に社長から『前回は、初犯だと言っていたが、実は取引先から他にもあったのでその動画を見てほしいと連絡があった。私どももその動画を見て確認したが、あなたは他店舗でも同様のことをしましたか?』と質問があっても『覚えていないです。ないと思います』と応えたことがそうだ。写真をみて『これは私です』と納得はされたんだけど、その一連の表情を見ていて、とても違和感を覚えたね。嘘をつこうとしている感じはなく、本当に覚えていないようなんだ。何かのストレスから来ているのか、ある意味心の病気なのかもしれないと思ってしまったよ」
新米 「ストレスからの病気?」
所長 「うん、疑った方が良いかもしれない。T社さんは、残業はほとんどないし、家庭からのストレスと想像できそうだった。最近、T社さんでは、奥様や子供さんとの関係が問題視される従業員さんが増えていると感じておられるそうで、どういう風に育ったのかの家庭環境も大事だが、結婚後の家庭環境も大きくその人を左右するとおっしゃっていた。今回も、そのケースに当てはまるのかもしれないなというのが事後の雑談での結論だったね」
新米 「え?どういう意味ですか?」
所長 「うん、従業員管理は奥が深いね。最近は、プライベートに関わるのを嫌がる人も増えているけれど、EAPや個人面談などで、ときどきは仕事だけでなく、従業員の家庭環境のこともある程度は知っておく、場合によっては、介入することも必要だと感じたね。私のようなウェットの人間には当たり前のことかもしれないが、ドライな人間関係になれている昨今では、家庭環境にまで突っ込むことはハラスメントだと言われそうで、それも怖いんだろうなぁ…」
新米 「すみません、ボス。答えがよくわからないんですけど…」
所長 「あ、わるい、悪い。結婚後、子供が生まれると、奥さんは子供にかかりっきり。ご主人に関わる時間はなく、ご主人は家庭で居場所がなくなる。共働きだとするとそれはなおさら。奥さんが家庭でのご主人の仕事も取りあげてしまったら、ご主人は配偶者でなく、だんだん子供化していって、ますます何もできない、しない、考えない人になってしまう…。それが職場にまで影響してくるってことさ。何にでも自ら主体的に取り組める男性は良いが、君もこれから結婚するなら、気をつけた方が良い」
新米 「え?ボクもですか?」
所長 「ははは…。もっとも男性に限らず女性にも同じことは言えるけどね。家庭裁判所でこの間担当した調停事件では、女性で同じようなパターンがあったところだよ。このことは本当に気をつけた方が良いな」
新米 「…」
image by: Shutterstock.com