「○○飲んだらすべての病気が治った」「○○制限食をとったらすべての人が健康になる」等、出鱈目情報が溢れる昨今。現役の呼吸器内科・総合内科専門医の畑地治先生が最先端の精密医療を解説するメルマガ『ドクター畑地の診察室』で、ネットや雑誌でみかける「がん治療成績病院別ランキング」に隠された罠について述べられています。
治療率ランキング1位は、簡単に作れる
癌と診断されたら、少しでも良い病院を受診して、腕が良いと評判の医師を受診したいと思うのは万人の願いです。昔なら病院別の5年生存率ランキングは表には出なかったのですが、最近は少しインターネットで検索すると病院別の5年生存率ランキングがデカデカと掲載されています。掲載されている最上位の病院と最下位の病院では治療成績にかなりの開きがあります。
果たして、これを真に受けて良いのでしょうか?
極論を言ってしまうと、癌患者さんが無制限に来院するといった条件の下では、私が所属する松阪市民病院を全国1番の治療成績にすることは簡単です。
例えば、肺癌の手術をするときに、80歳女性のAさんと、50歳女性のBさんでは、どちらの患者さんが手術がうまくいく可能性が高いでしょうか。50歳女性のBさんの手術をした方が、80歳のAさんの手術をするより上手くいくことは自明の理です。
残念ながら日本においては、若年者は都会に集中しています。ランキング上位に大都市のがんセンターや大学病院が並ぶ理由の1つは、同じ癌患者さんでも大都市の病院には若い患者さんが多いことにあります。
例えば癌患者さんの平均年齢が80歳の病院と65歳の病院では、どんな名医が治療しても平均年齢が80歳の病院の治療成績が上位になることはありません。
もう一つの問題は、どこまでのリスクを許容して治療するかということです。81歳男性のCさんは、数年前に脳梗塞を患い車椅子で生活しています。昨年には突然の胸痛をきたし心筋梗塞と診断され、カテーテル治療を受けました。本年の検診でたまたま肺癌が見つかり、検査の結果ステージIの肺腺癌と判明しました。
最初に訪れた病院では「高齢であり、車椅子生活と昨年心筋梗塞を患ったことを考えると手術のリスクが非常に高いです。このまま手術はせずに経過観察した方が良いです」と説明を受けました。
どうしても手術を希望したCさんは別の病院を訪れました。その病院では「リスクが色々あるために、手術後合併症を起こす危険性もあるが、早期の肺癌で手術すれば完治する可能性は高いです。頑張って治療をしましょう」と説明を受け手術することになりました。
医学的にはどちらも正解ですが、皆さんはどちらの病院を希望されますか?リスクが高い患者さんの治療を積極的に行うと、病院の治療成績の悪化に繋がります。医師目線ですが、治療成績を良くしようと思えば、リスクが高い患者さんの治療をできるだけ少なくすればよいわけです。
癌患者さんが多い都会の病院では、病院の受け入れられるキャパシティーには限界があるので、どうしても患者数を絞らなければなりません。そういった場合、やはり若年者で合併症がない癌患者さんを優先して治療する機会が多くなります。
逆に田舎の病院には高齢者でリスクがある癌患者さんが多く来院します。病院の経営の問題もあり、全ての癌患者さんの治療を断るわけにもいかず、必然的にリスクが多い癌患者さんを治療する機会が多くなります。
そうすると、若年の癌患者さんが多い都会の病院の治療成績が良くなり、その成績を知った患者さんが多く訪れるため、さらに状況が良い患者さんのみ治療できるようになる循環が生まれ、病院間の治療成績の格差が開いていくわけです。
治療成績が良い病院には敬意を評します。そのような病院に勤務する先生達のモチベーションは総じて高く、優秀な先生が多いことは事実です。しかし治療成績が悪い病院が一概に悪いわけではなく、むしろリスクが高い癌患者さんの治療については経験豊富で優れていることが多いわけです。
我々の松阪市民病院では、昔から宗教的な理由で輸血をしない患者さんの手術を数多く行なってきました。そのような患者さんこそリスクが高いので、人手も多く高度な設備をもちあわせた都会の大病院や、大学病院で手術対応していただきたいです。
しかし、手術は言うに及ばず、抗癌剤治療なども断っている病院がほとんどなのです。リスクがない若年者の癌患者さんをしっかり治療することは大切ですが、それ以上に色々なリスクがあっても、どうしても治療したい患者さんの希望を叶えてあげることも大切だと私は思っています。
松阪市民病院の治療成績を1番にすることは簡単だとのべました。75歳以下で合併症がなくて、元気な患者さんだけを治療していけばすぐに達成できるからです。
しかしながら、我々の目標はもっと高くに置いています。皆さんのおかげで私が赴任した16年前には、肺癌の入院患者数は年間10名以下でしたが、今や年間750名を超えており、三重県内では肺癌入院患者数は最多となっています。若年者の癌患者さんだけ、元気な癌患者さんだけといった治療は行わず、出来るだけ多くの癌患者さんに少しでも元気でいてもらえるよう頑張っています。三重県は言うに及ばず、少しでも多くの癌患者さんに全国から来院していただけるよう、これからもたゆまず努力していきます。
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