日本経済衰退の元凶。中曽根政権が5年間に渡って犯した「大罪」

 

1985年は9月に「プラザ合意」がありました。私は、この合意を批判する者ではありません。行き過ぎた貿易黒字を是正するという政治的な目的だけでなく、日本としての短期的な「円のパワー」は確かにあったからで、円高へ振れたのは宿命だからです。

問題は2つあります。1つはこの時点で、脱製造業、脱ハードウェアの新しい経済へと舵を切って行く、その判断ができなかったこと、そして、もう1つは円高メリットを生かすことができなかったということです。この問題もまた、経済敗戦における重要なターニングポイントであったと思います。

ちなみに、この1985年の2月には「ミノルタによる世界初の自動焦点一眼レフカメラ」が発売されました。「アルファ7000」です。その技術は今でもソニーが継承していますが、34年経っても「静止画や動画を撮影するキカイ」を作って売るだけ、その画像を使って「コミュニケート」したり「ネットワーク」を作ったりというビジネスはほとんど外資という情けない歴史のスタートでもあります。

この3月からは筑波で「国際科学技術博覧会つくば85)」が開催されました。技術的なアドバンテージを失ったばかりか、産業界として広告出稿の能力も失った現在は、同じような博覧会はもうできないでしょう。(25年の大阪万博は、結局はアジア資本がスポンサーになって初めて格好がつくように思います)

1986年には4月にチェルノブイリの原発事故が発生しました。この事故は悪質性に鑑みて「レベル7」は妥当と思いますが、福島の「7」はちょっとニュアンスが異なるように思います。悪質性は低いが同時に3基の炉が冷やせなかったということで「7」という理解で良いのではと思います。それはともかく、黒鉛炉だから事故を起こしたのであって、日本の軽水炉は大丈夫というのが当時のムードでしたが、実は少々甘く考え過ぎていたのです。

この年は、レーガン=ゴルバチョフの会談が行われており、ソ連は実は崩壊への秒読み状態でした。これは、「無い物ねだり」かもしれませんが、ポスト冷戦時代というのは、「自由と民主主義を謳歌する時代」ではなく、「理念抜きのナショナリズムが衝突する危険な時代」だというような危機感を、少しでも早く持てていたらと思います。

1987年は4月に国鉄改革が発足。32年後の現在は、とにかく北海道と四国が厳しい状態になっていることを思うと、分割民営化後のスキーム設計にはやはり問題があったように思われます。

また同年の10月19日には「ブラックマンデー」の大暴落が起きました。これは、ダウが前日(前週金曜日)」比で22.6%落ちたのですから大変です。ただ、この暴落は「アメリカにとっては回復から繁栄の始まり」であり、同時に「日本にとっては、短期的な成功と長期的な転落の始まり」であったことを忘れてはなりません。

日本経済は、数字だけ見て行けば、この5年間で好況へと向かい、更に1989年のピークへとバブルを膨張させて行きます。ですが、その後に長い長い低迷に陥っていったことを考えると、この時代、つまり中曽根政権の5年間というのは、日本の経済敗戦への重要な転換点であった、どういうことかというと、日本の衰退は中曽根政権時代に始まるという認識が必要と思います。

もっと言えば、戦争を知るが故に妙な国の栄光を追い求め、同時に戦争を知るが故に恐怖心から逃げられない、そんな大正世代の限界ということです。そうしたスケールの小さなリーダーシップではなく、もっと平和と国際協調の中で日本人が持っているトータルの人材力を効率よく発揮して、更に高い次元への文化文明へと持ち上げてゆくようなリーダーシップが、この1982年から87年には必要でした。

image by: Yasuhiro Nakasone in Andrews full WikimediaCommons (パブリックドメイン)

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東京都生まれ。東京大学文学部卒業、コロンビア大学大学院卒。1993年より米国在住。メールマガジンJMM(村上龍編集長)に「FROM911、USAレポート」を寄稿。米国と日本を行き来する冷泉さんだからこその鋭い記事が人気のメルマガは第1~第4火曜日配信。

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