池田教授が憂う、大川小学校の惨事と重なるワクチンなき五輪強行の今

 

当時、校長は不在で、現場にいた中で最高責任者である教頭、補佐役の教務主任、安全担当の教諭という、その場で最も決定権を持つ教員が、裏山への避難を主張したのに、学校の川向かいに住み、唯一学校に長期間(6年間)勤務していた6年の担任と、その場に居合わせた地域住民の、津波は来ないという思い込みに押されて、裏山へ逃げろという指示を出さなかったのが、事故の直接的な原因であるが、問題は責任者の3人の教員がなぜそのような心理状態になってしまったのかということであろう。

西條の分析の中で、私が一番腑に落ちたのは「埋没コスト」による説明である。埋没コストとは、回収ができなくなった投資コストのことで、埋没コストを避けたいというのは多くの人間が持つ心理なのである。賢い人間は埋没コストを捨てて、被害を最小限に食い止めるが、凡人は埋没コストに引きずられて、さらに被害を重ねることになり易い。

卑近な所では、株の損切がなかなかできないのもこの心理に起因する。現在の客観状況を判断して、この株はさらに下がると判断したら、損切する方が結局は埋没コストを最小に食い止める方途なのだが、凡人は客観的状況ではなく希望的観測を優先して、ドツボに嵌ってしまうことが多い。

最近では東京オリンピックの中止問題がまさにこの好例であろう。ワクチン接種が遅々として進まない日本で、オリンピックを開催するのは無謀であるというのがごく常識的な考えであるのは論を俟たないが、関係者は膨大な埋没コストを捨てることができずにいる。この埋没コストには経済的な面ばかりではなく、オリンピック開催に向けてここまで努力したのは、何のためだったのだという心理的な面も含まれている。

時間軸を遡れば、太平洋戦争は、埋没コストを切れなかったために、何百万の人の命を犠牲にした最悪の例である。ミッドウェー海戦に大敗したところで、日本が勝つ見込みはほぼなくなっていたにも関わらず、それまでに費やした、戦費と人命と思考方法を捨てることができずに、一縷の希望的観測にすがって、無益な戦いをずるずると続けて、最後はクラッシュして終わったわけだ。

image by:Nishi81 / Shutterstock.com

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