またドイツとしては、長い戦後の歴史の中でトルコ系の労働力に依存してきた中で、市民権付与を出生地主義に変えてトルコ系を「仲間」に加えてきました。賛否両論の中で、シリア難民の保護に踏み切った判断もありましたが、これにはドイツ国内のトルコ系世論の存在が大きいと思われます。そう考えると、ドイツ人であるバッハ氏が「ミュンヘンでのイスラエル選手団への追悼」に積極的になるのは難しい事情もあったと思われます。
また依然として、地位の不安定なパレスチナということを考えると、例えば、難民選手団を参加させたり、世界史の中での被害者にスポットライトを浴びせる動きを考えると、五輪の場で「イスラエル側の追悼」をするというのには抵抗感もあるわけです。
これに加えて、勿論、スピルバーグ監督の映画ということもあります。この作品は、イスラエルの政策に対して厳しい批判を含むために、上映当時は大きな批判に晒されました。ですが、事実は否定できない中で、アメリカの映画界は監督や関係者を「干す」ことはできませんでした。そしてこの映画のインパクトは、世界中の知的な層には静かに浸透しているのです。ということは、一方的な追悼というのは、やはり「やりにくい」し、どうしても政治的という批判を覚悟しなくてはなりません。
その一方で、実はイスラエルの側では、例えば犠牲者の遺族が特にそうですが、突入作戦に「失敗した」にも関わらず五輪を続行したドイツへの一種の恨みという感情も残っています。更に言えば、あまりにもイスラエルに冷淡な態度を続けていると、ドイツとしては「ナチスの復権か?」という非難を浴びる危険もあるわけです。
そんな中で、ドイツとイスラエルの2国間関係、あるいはドイツ+NATOという枠組みの中では、特に「バイデン政権の登場」を経て、追悼への機は熟したという面はあります。
ということで、この「ミュンヘンで殺害されたイスラエル選手団への追悼」という、難しい課題を実現するには、非常に込み入った多くのファクターが絡んでいました。
そんな中で、元「ラーメンズ」の小林賢太郎氏のスキャンダルは、この複雑な「ドイツ=イスラエル関係」を一瞬のうちに解消してしまった、そうした解釈が可能になります。
陰謀論に与したくはないのですが、この問題については、あまりにも「ハマりすぎ」という感覚を否定することができません。この小林氏のスキャンダルが出たことで、この「追悼」については、日本として「反省の儀式」という意味合いが生まれてしまいました。
例えば、バッハ氏においては、この「追悼」を自分が主導したのではないが、日本の真摯な姿勢を良しとして同意したというようなことにすれば、ドイツ国内の「親アラブ世論」や自身の「昔からのアラブ人脈」を激怒させずに、長い間ズルズルと引きずっていた難題から自由になれた可能性はあります。
そう考えると、外務省の政務関連の高官が、非常に早い時期にユダヤ系の団体に「通報した」というような不自然な動きも、とりあえずは説明可能です。遺族の方々の心情を考えると、またドイツ+NATOあるいはオール西側同盟とイスラエルということで言えば、この2021年のタイミングでようやく追悼ができたというのは、悪いことではありません。
ですが、上記のような状況証拠を積み上げてみると、日本の組織委と小林氏が全体の文脈として見事に「バッハ氏に使われた」という構図になってくるのは、あまり愉快ではありません。反対に、「ここまでやる」ということであれば、バッハ氏はやっぱりノーベル平和賞を狙っているという噂にも、かなり信憑性があると言えるのかもしれません。
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