さて「医療逼迫」という現象だが、人口当たりの病床数世界一を誇るこの国で、なぜそんなことが起きるのか。さまざまな要因があるだろうが、一つには、医療機関の7割が中小病院で、スタッフの数が少なく診療スペースが狭いため、コロナ患者の受け入れが容易でないという点があげられるだろう。
また私立・公立の別でいうと、全体の70%ほどを占める私立病院がコロナ患者をあまり受け入れていないことも大きい。このため、30%ていどにすぎない公立・公的病院にコロナ患者が集中してしまい、クラスターや医療スタッフの感染も加わって、うまく現場が回らなくなっているようである。
では、新型コロナを「5類」にすることで、「医療逼迫」は解消されるのだろうか。どこの病院でもコロナ対応できるというが、「スタッフや患者を感染させたら困る」という医療機関側の不安がなくなるわけでも、発熱患者を一般患者と分けるゾーニングのできない狭小施設の事情が変わるわけでもない。
おそらく、コロナ患者を受け入れる民間病院が急に増えるということはないだろう。それどころか、むしろ減ることも考えられるのではないか。これまでコロナで加算されていた診療報酬がなくなるのなら、負担の多い発熱外来を続けるのはやめようという病院が続出する恐れがあるのだ。
加えて、保健所が入院調整をしなくなると、限られた病院にコロナ患者が集中する傾向はさらに強まるかもしれない。筆者夫婦の微々たる体験からも推測できるように、今でも救急隊員や医師、看護師ら現場の苦労たるや半端ではない。これ以上の負荷をかけることはできない。
マスクの着用を屋内でも原則不要とする方向なのも気がかりだ。基礎疾患のある人、たとえば抗がん剤治療中で免疫力が低下している人の場合、マスクをしない相手と対面で話をするのは、あまりにリスクが高い。
今年1月のコロナによる死者数は1万人を超えて過去最多となり、その大半は60代以上の高齢者だという。「5類」移行によって、基礎疾患のある患者や高齢者はますます危険にさらされてしまうのではないだろうか。
もちろん、経済活動を活発化することはきわめて大切であり、そのための規制緩和は必要である。だが、問題は、医療供給体制が未整備のまま見切り発車すると、さらなる混乱を招き、救える命を救えなくなる心配があることだ。医療従事者に「命の選択」を強いるようなことのない環境を整えるのが政府のつとめではないだろうか。
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