なぜ総務省は行政文書を小西議員に流したのか
文書の中身を確認しておこう。大臣レクの出席者は、「先方」として高市大臣、平川参事官、松井秘書官、「当方」として安藤情報流通行政局長、長塩放送政策課長、「西がた」の名があがっている。
磯崎補佐官が「補充的説明」と称する放送法の新解釈について安藤情報流通行政局長から高市大臣に説明があった。
安藤局長 「大臣のご了解が得られればの話であるが、礒崎補佐官からは、本件を総理に説明し、国会で質問するかどうか、(質問する場合は)いつの時期にするか、等の指示を仰ぎたいと言われている」
要するに、安倍総理も了解のうえでまとめたこの「補充的説明」を国会答弁でしてもらいたいという磯崎補佐官の意思を高市大臣に伝えているわけであろう。これに対して、高市大臣はこう述べたことになっている。
「実際の答弁については、上手に準備するとともに、(カッコつきでいいので)主語を明確にする、該当条文とその逐条解説を付ける、の2点をお願いする」
「官邸には総務大臣は準備をしておきますと伝えてください。補佐官が総理に説明した際の総理の回答についてはきちんと情報を取ってください。総理も思いがあるでしょうから、ゴーサインが出るのではないかと思う」
答弁準備の指示や要請があまりに細かく、具体的であることには驚かされる。実務能力の高い大臣であればこそなのだろう。
今回、総務省が「放送法」解釈の大臣レクがあったことをほぼ認めたことで、高市大臣の立場はますます危うくなった。しかし、総務省は今のところ、「文書の内容は不正確かもしれない」と、「捏造」を「正確性」の問題にすり替えて、高市氏を守る姿勢も崩していない。
当然、「捏造でなければ辞任する」と啖呵を切った高市氏が実際に辞任に追い込まれれば、辞任ドミノに揺れた岸田政権にとって大きな痛手である。党内で孤立の色合いを深め、岸田首相との仲もいいとは言えないが、高市氏には安倍シンパの応援団がついていて、うかつに切ることはできない。「文書の正確性が確保されているものもあれば確保されていないものもある」と総務省側が曖昧答弁に終始しているのはそのせいに違いない。
ところで、総務省職員から小西議員にこの文書が流れたことについて、政治抗争の観点から解釈する向きがある。たとえば、岸田政権を揺さぶるため、総務省と親密な菅義偉前首相の息のかかった官僚が動いたとか、高市氏が奈良県知事選に擁立した新人候補と現職の自民公認候補との争いが波及しているとかだが、確たる情報のない現時点では揣摩憶測の域を出ないと見るほかない。
総務大臣時代の高市氏は、放送法の新解釈答弁にとどまらず、2016年2月8日の衆議院予算委員会で、場合によっては放送の電波を停止することもありうるという趣旨の発言をし、放送事業者を威圧したことがある。昨今、テレビ局が牙を抜かれて、あたりさわりのない報道番組が目立っているのはその悪影響といえるかもしれない。
「国境なき記者団」(本部・パリ)による報道の自由度ランキングで日本は71位(2022年度)に甘んじている。G7の中で最も評価が低い。自民党から民主党政権に交代して11位にハネ上がったこともあったが、安倍政権以降は下落の一途をたどった。
放送行政を政権が都合よく操ろうとする目下の状況に対する怒りが総務省の一部官僚の間にも渦巻いているからこそ、文書を世に出そうという動きが出てきたのかもしれない。筆者も自戒しなければならないが、高市氏が「捏造」とまくしたてるのに興味をひかれ、その真偽をさぐるばかりでは、目くらましの罠にはまるだけだ。
本質的な問題は、「政治的公平」の意味をはき違えた政権側を追及するどころか、「面倒なことはひかえよう」と縮こまってばかりいる報道姿勢にある。これを機に、メディアはそのことを強く自覚するべきではないだろうか。
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