自国の経済を壊す「悪しき空洞化」を進める日本
ところが、現在はそうなって「いません」。つまり、日本の現状は「悪しき空洞化」になっているのです。
「生産を海外に移転したが、その結果として国内には移転できない低付加価値の部品産業だけが残ることに」
「現地生産を進めすぎて、自動車の日本国内での最終組立は限りなく縮小」
「自動車産業を空洞化した一方で、より高付加価値の宇宙航空産業進出は基本的に失敗」
「世界に先行していながら、資金不足で半導体産業の競争力を喪失」
「海外売上がどんどん増加しても、多国籍企業は資金の国内還元をしない」
「デザインや研究開発、あるいは本社機構なども、徐々に海外移転」
「優秀な人材がどんどん流出」
「いつの間にか、大卒50%の国で観光が主要産業という悲劇的なことに」
という状況です。つまり「自国の経済にプラスになる」合理性のある空洞化ではなく、「自国の経済を壊す」つまり「悪しき空洞化」を進めているのが、現在の日本ということになります。
この全体像ですが、これを「日本的空洞化」という言い方で考えていこうと思います。
ここまでお話してきたように、通常は「人件費のコストダウン」、「市場国で雇用創出するための現地生産」、「高付加価値にシフトするための海外移転」という3つのカテゴリでの産業空洞化が進められるわけですが、どうして日本の場合はこれとは違う「悪しき空洞化」が進んでいるのかというと、例えば、経産省などは産業界を取り巻く「6重苦」があるという説明をしているようです。
この「6重苦」ですが、具体的には、
<1>円高
<2>経済連携協定の遅れ
<3>法人税高
<4>労働市場の硬直性
<5>環境規制
<6>電力不足・電力コスト高
のことを指すようです。順に見ていきましょう。
まず<1>の円高ですが、こちらは黒田日銀の「異次元緩和」による円安誘導が続いたために解消しました。確かに円高となれば、日本国内で生産して輸出するには不利ですから、理論的には円安が良いのはわかります。ですが、円高が解消して円安の副作用が激しいぐらいに、円が安くなっても産業は戻ってきていません。
ということは、この<1>の要素は2023年の現在は空洞化の原因とは言えないことになります。ちなみに、円安にしても産業が戻って来ないにもかかわらず、円安政策が続けられているのは、その方が多国籍企業の円による売上利益が「大きく見える」からです。
次に<2>の経済連携協定ですが、現在はTPPも日米EPAも発効して機能しています。ですから、関税が間にあるので輸出が難しいという障壁は改善されました。にもかかわらず産業は戻って来ていません。ですから、2023年の現在では、これは大きな要因ではないことがわかります。
では<3>の法人税はというと、今でも日本の法人実効税率は29.74%とG7の中ではドイツと並んで高いほうですが、2014年度に37%だったのを順に下げてきています。では、これで産業が戻ってきたのかというと、そうではありません。ですから、現在の「空洞化要因」としては該当しません。
次に<5>の環境規制については、厳し過ぎるので空洞化するというのでは、現在の日本の産業界は公害の輸出をしていることになるし、この「障壁」を無くすということは、日本での公害を認めることになるわけです。ですから、改善項目としての正当性はないと思います。この問題を「6重苦」の一つに数えていたとすれば、当時の経産省のモラルハザードを批判するのが正しいわけで、この<5>は除外するのが正しいと思います。
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