ワーゲンもベンツも中国に“重点”で冷え込むドイツ。経済の「切り離し」など不可能な2国間の現実

 

大きな勘違いをしているショルツ首相

一方、有名なテクノロジー企業であるボッシュも、今後、ヒートポンプ市場に参入するという。ただ、工場は最初からポーランドに建てる。結局、ドイツ政府が進めようとしているヒートポンプ移行政策で沸いているのは、ドイツ以外の国だ。ドイツ政府は、Co2削減のための施策が、ドイツに潤沢な経済発展をもたらすと主張していたが、現在起こりつつある産業の脱出は、あたかもその虚言に対する報復のようだ。

もっともショルツ首相は必ずしもそうは思っていないようで、キヤリア・グローバル社のヴィースマン買収についてのコメントは、「グッドニュース!」買収は、「ドイツが魅力的な投資先であることを証明している」のだそうだ。しかし、ドイツの企業が生産拠点として愛想を尽かしているドイツに、他の国が魅力を感じるということは、はっきり言ってあり得ない。ショルツ首相は何か勘違いをしている。米国の資本を引きつけた本当の理由は、ヒートポンプ購入につく膨大な補助金ではないか。

真のイノヴェーションというのは、大掛かりな補助金がなくても進むはずだ。もし、国民が本当にヒートポンプを求めるなら、市場は敏感に反応し、技術開発が進み、価格が下がり、移行は供給側にも需要側にも無理のないテンポで進んでいく。しかし現状は、国民はまだそれほど急速なヒートポンプへの移行を望んでおらず、ドイツ企業は採算の取れる生産の準備ができていない。それなのに政府は全て気候保護のためとして、無理やり押し進めようとしている。

ヒートポンプは裕福でない国民にとっては、補助金が出てもまだ高価で、負担が大きすぎる。結局、補助金の一番のメリットは富裕層にもたらされることになる。現在の政治は、一生懸命働いている中間層以下の国民を、あまりにも打ち捨てていると感じる。これは、やはり政府が補助金で強引に進めようとしているEVへの移行と全く同じ構図だ。

需要と供給を国が定めようとする今のやり方は、計画経済と酷似している。かつての東ドイツの「5ヵ年計画」はことごとく失敗した。「脱炭素」の旗の下の21世紀の5ヵ年計画も、このままでは産業を追い出す結果となり、雇用が失われ、経済が落ち込む。

一度出ていった企業は、後でエネルギー価格が下がったとしても、もう帰ってこない。政府は思想や建前は捨て、まずはエネルギー価格を下げ、産業と雇用を守ることに専念すべきだと思うのだが…。

プロフィール:川口 マーン 惠美
作家。日本大学芸術学部音楽学科卒業。ドイツのシュトゥットガルト国立音楽大学大学院ピアノ科修了。ドイツ在住。1990年、『フセイン独裁下のイラクで暮らして』(草思社)を上梓、その鋭い批判精神が高く評価される。ベストセラーになった『住んでみたドイツ 8勝2敗で日本の勝ち』、『住んでみたヨーロッパ9勝1敗で日本の勝ち』(ともに講談社+α新書)をはじめ主な著書に『ドイツの脱原発がよくわかる本』(草思社)、『復興の日本人論』(グッドブックス)、『そして、ドイツは理想を見失った』(角川新書)、『メルケル 仮面の裏側』(PHP新書)など著書多数。新著に『無邪気な日本人よ、白昼夢から目覚めよ』 (ワック)がある。

image by : Foto-berlin.net / Shutterstock.com

川口 マーン 惠美

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