いまだにChatGPTを使ったことのない人が成長できない理由

Motivation and challenging Concept. Steps Forward into a Success. Low Section of Businessman Walking Up on Staircase. City Scene
 

私たちがコンフォートゾーンに居続ける理由

コンフォートゾーンというのは、いわゆる「快適な空間」という意味です。例えば、冷たいプールや熱いお風呂に入っても、動かずにじっとしていると、自分の体温で体に膜のようなものができて少し温度が下がって過ごしやすくなります。また、水風呂に入っても、動かなければ自分の体温でけっこう快適に過ごせることがありますよね。

それと同じで、変化って、わからないことが多いから不安なので、今の慣れた環境でじっとしていると、現状維持のぬるま湯が続くから気持ちがいいわけですよ。何か新しいことをする時に、人間は予測できないことが増えるから不安になります。さらに言うと、新しいことには今までの成功体験が使えないので、自分が無能に思えてしまうんですよ。

試したことがないならできなくて当たり前なんだけど、「自分は無能だ」と思う痛みが伴うんですよね。なので多くの人は、不安なために一歩目が踏めない。不安を乗り超えたとしても、この無能な痛みから、「やっぱりやめよう」となってしまう。というのが、コンフォートゾーンに居続けてしまう理由です。

コンフォートゾーンの手前にある「0歩目の壁」

そのわかりやすい話が、『すっぱい葡萄』という童話です。高いところに葡萄がなっていて、キツネが「これ、おいしそうだな」と思って、取るためにジャンプするんです。
だけど、ギリギリ取れないんですよ。

キツネは何回も何回もジャンプするけど取れない。すると、先ほどお話ししたように「取れないということは僕にジャンプ力がないからだ」と、自分が無能に思えてくる。無能だと思うと自分が傷つくじゃないですか。

だから、「自分は悪くない。あの葡萄が悪いんだ。あの葡萄はすっぱいに違いないから、僕はいらないよ」と言って、見向きもせずに去ってしまうんですね。

何回もジャンプしていたら、ジャンプ力が鍛えられておいしい葡萄が取れたかもしれない。また、そうやって苦労していたら、他のキツネや動物が現れて「これ取りたいの?肩車しようか。取れたら半分こしようよ」となるかもしれない。

そうすれば、葡萄を取るためには肩車をすればいいとわかって、そのあと何回でも葡萄が取れたかもしれない。だけどキツネは、自分を無能に思ったり不安に思ったりすることがイヤだから、「あんな葡萄はすっぱいに違いない」と言って、相手を否定する。ゴールそのものを否定することで動かない理由を作ってしまうんです。

つまり、「あなたは0歩目のすっぱい葡萄を作っていませんか?」ということです。この状態になってしまうと、新しいものを見ても、「YouTubeで見れば大丈夫でしょ?そういう新しいゲームが流行ってるの?でも、コメント欄を見たら『つまらない』って書いてあったよ」と言って、すっぱい理由を探してしまいます。そこでイヤになってしまうんですよね。

ChatGPTや生成AIは、みなさんにとっての「すっぱい葡萄」になっていませんか?あるいは、これから起きていく変化に対して、「すっぱい葡萄」になっていませんか?

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