10月解散総選挙は確実に。岸田外遊にスポンサー企業40社同行が意味するもの

km20230726
 

巷間囁かれている10月の解散総選挙ですが、どうやらその日程は確実となったようです。今回の『きっこのメルマガ』では人気ブロガーのきっこさんが、岸田首相が見せた「解散総選挙を予見させる動き」を紹介。さらに選挙で野党第一党である立憲民主党が取るべき具体的戦術を提案しています。

安倍氏と全く同じ。岸田首相の行動で確実になった10月解散総選挙

7月16日から3泊4日という強行スケジュールで、サウジアラビア、UAE(アラブ首長国連邦)、カタールの中東3カ国を歴訪して来た岸田文雄首相ですが、官邸主導で自民党のスポンサー企業40社が同行したことが分かりました。それで、あたしは、「ああ、やっぱり10月に解散総選挙なのね」と思いました。

いくら常勝軍団の自民党政権でも、選挙は水ものなので「絶対」はありません。あのソフトバンク・ホークスですら12連敗する時代なのです。そんな不安定な時代に、モリカケ問題や桜を見る会問題など、数々の疑惑にまみれながら、それでも7年8カ月にも及ぶ長期政権を実現した安倍晋三元首相は、もしも自分から政権を丸投げしなければ、「10年は続いていた」という人もいます。

疑惑まみれの上、公約の大半が「丸投げ」か「先送り」で、公約達成率は10%以下。その一方で、多くの国民が反対した数々の悪法は、知らぬ間の閣議決定か数の暴力による強行採決。こんな最低最悪のデタラメ政権が、どうして7年8カ月も続いたのでしょうか?それは、「解散総選挙による延命ループ」という自民党の伝統芸を駆使して来たからなのです。

皆さんご存知のように、衆議院議員の任期は4年ですが、時の首相は専権事項として、4年の任期満了を待たずに解散総選挙を行なうことができます。解散総選挙は大きく分けて二種類、政権が維持できないほど支持率が下がった時の「ヤケクソ解散」と、政権が維持できる状況のうちに手を打つ「延命解散」があります。

戦後の現行憲法下で行なわれた衆議院選挙、計25回のうち、ちゃんと4年の任期を満了して行なわれたのは、1976年の三木内閣時代の1回だけです。残りの24回は、民主党政権時代の野田内閣の「ヤケクソ解散」を含め、すべてが時の首相の政治的都合による解散総選挙なのです。

こうした流れの果てに、安倍元首相も、自身の疑惑が原因で支持率が下がり始めると、まだ任期は残っているのに、ナンダカンダと理由をつけて解散総選挙を行ない、疑惑をウヤムヤにして延命を重ねて来ました。2014年11月の「アベノミクス解散」、2017年9月の「国難突破解散」と、2回も自分の個人的な都合で解散総選挙を行ない、第4次内閣まで延命を続けたのです。

もちろん、これは歴代の首相がやって来たことですから、安倍元首相だけを批判するつもりはありません。しかし、安倍元首相の場合は、自身が解散総選挙を決めると、その日程に合わせて、姑息な事前選挙活動を繰り返して来たのです。その1つが「自民党のスポンサー企業を数十社も引き連れての外遊」であり、もう1つが「旧統一教会との選挙協力の確認」でした。

外遊好きの安倍元首相は、在任中、毎年10回を超える外遊を続けて来ましたが、安倍元首相にとっての外遊は「バカンス」でしたから、その多くは単独の外遊でした。しかし、今回の岸田首相の中東歴訪のように、安倍元首相が自民党のスポンサー企業を数多く引き連れて複数の国々を歴訪することもありました。そして、その場合には、必ずその後に解散総選挙が行なわれて来たのです。

通称「大名行列」と呼ばれた安倍元首相の海外歴訪に同行した日本の大企業は、首相のトップセールスによって相手国との大きな事業を結ぶことができました。そして、その後に行なわれる解散総選挙では、社を挙げて、グループ企業を挙げて、自民党政権に「鶴の恩返し」をして来たのです。今回、岸田首相が「40社ものスポンサー企業を引き連れて行った」と知って、あたしは、すぐに「ははぁ~ん」と思いました。

この記事の著者・きっこさんのメルマガ

初月無料で読む

print
いま読まれてます

  • 10月解散総選挙は確実に。岸田外遊にスポンサー企業40社同行が意味するもの
    この記事が気に入ったら
    いいね!しよう
    MAG2 NEWSの最新情報をお届け