三島由紀夫の「割腹自殺」の報にも動じず取材を受け続けた作家・森村誠一

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映画化された『人間の証明』『野性の証明』など多くの著作で知られる作家の森村誠一さんが7月24日、90歳で亡くなりました。故人にまつわる逸話のなかで、三島由紀夫の割腹自殺の知らせを聞いてもまったく動じなかったことを紹介するのは、森村さんと対談経験もある評論家の佐高信さん。今回のメルマガ『佐高信の筆刀両断』ではほかに、佐高さんが“戦後を読む50冊”に選んだ『黒い墜落機』に記された「著者のことば」を引いて、軍隊を嫌った森村さんを偲んでいます。

三島由紀夫を無視した森村誠一

ここに1冊のアルバムがある。徳間康快を描いた拙著『飲水思源』(金曜日、のちに『メディアの怪人 徳間康快』と改題して講談社+α文庫)の出版記念会の時のもので、日付は2012年9月20日。そこに徳間をよく知る森村誠一の姿が写っている。

小室等の歌に耳を傾けているものや、松元ヒロのライブに笑っているものである。一番多いのはしめくくりの私との対談模様。いまは亡きなかにし礼や岸井成格、そして若宮啓文も写っていて、粛然とさせられる。

1970年11月25日、三島由紀夫が自衛隊に乗り込んで自死した時、森村は以前勤めていたホテルニューオータニで『週刊文春』の記者だった大下英治の取材を受けていた。そこへ知り合いのボーイがやって来て、「いま、三島由紀夫が市ヶ谷駐屯地に突入しました」と伝えた。しかし、森村は平然としている。

大下の方が腰を浮かせながら取材していると、また、ボーイが近づいてきて、上ずった声で「いま、割腹自殺を遂げたそうです」と告げた。それでも森村は落ちついていて、取材が終わると、ケーキを売っているコーナーへ行き、幾種類か選んで、「大下さん、ここのケーキはおいしいんで編集部に持って行って下さい」と言って手渡した。

大下は激しい衝撃を受けたが、森村は冷静だった。森村にとっては「三島の割腹自殺など滑稽か狂気にしかすぎなかったのだろう」と大下は回想している。

私は1995年に出した『戦後を読む 50冊のフィクション』(岩波新書)で森村の『黒い墜落機』(光文社文庫)を選んだ。その「著者のことば」に森村は「私は軍隊が生理的に嫌いである」と書き、「平和時の軍隊は、自ら危機感をつくりだし、戦争を惹き起こす作用をもつ。軍隊は、祖国や国民の為ではなく、それ自体のために存在する。軍隊にとって、国民は“肥料”に過ぎない」と続けている。

軍隊の銃口は外ではなく内を向いているのである。1960年の安保反対闘争の時、デモ隊の鎮圧のために当時の首相、岸信介が自衛隊を出動させようとしたことで、それは明らかだろう。

「昭和五十×年二月×日午後」、航空自衛隊入間基地から飛び立ったジェット戦闘機が突然、レーダーから姿を消し、南アルプスの小さな村に墜落したところから、この小説は始まる。

13人全員が老人のその村は、典型的な過疎の村だが、知られてはならない秘密を隠したままにしておくために、自衛隊首脳部は、なんと村民の虐殺を指令した…。そこに、異常な夫から逃げたかった若い人妻と、子どもの担任教師が“駆け落ち”して来る。

森村のサインのある『創作の拠点』(講談社)で森村は「時代から遅れる」ことを恐れると言い、「作家は時代と一緒に寝ていなければいけないと心に刻んでいます」と宣言している。

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