ささいな判断を左右する「理由に基づく選択」
行動経済学では「理由に基づく選択(Reason-based choice.)」が、人の判断に影響することが明らかにされています。これは、判断の際に「根拠となるシンプルな理由やストーリーがあれば、それが確固たるものでなく、場合によっては矛盾があっても気にならない」というものです。
行動経済学者のエルダー・シャフィールは、この心理を実験対象者への質問で証明しました。まず「離婚を控えた二人の親が、子供の親権を争っている」と仮定します。親の1人は年収、仕事する時間、子供との関係の強さ、健康状態など全てにおいて「平均的な親」です。もう1人は、収入は平均以上、子どもと緊密な関係を望んでいますが、仕事で出張が多く不在がちで、健康上の問題も少しある「特徴的な親」とします。
実験対象者を二つに分けて、一方に「二人のどちらに親権を与えるべきか」質問しました。すると後者を選ぶ率が高いという結果でした。もう一方には「二人のどちらには親権を与えるべきではないか」と逆の質問をします。すると、こちらも後者が高かったのです。
どちらの質問に対しても「特徴的な親」が適すると考えたわけです。こう答えた理由は、「特徴的な親」の方が、そちらを「選ぶ理由」を明確にしやすかったためと分析されています。
例えば親権を与える理由では「収入があれば、不在の間にシッターを雇うなど問題は無いので親権を与えて良い」と回答できます。与えない理由ならば「収入が高くても、長く子供と接することができないならば親権を与えるべきでない」と答えられます。
いずれにしても、人は「理由と呼べる何か」がある方を自分の判断としがちなのです。
「理由に基づく選択」が鎮火につながった?
炎上への加担は非常に容易で、「いいね」のワンクリック、「共有する」ボタンを押すなど、1秒もかかりません。こうした行為をするかどうかは、ほんのささいな心の動きで決まります。炎上が収まったのは「ノイジー・マイノリティ」以外の多くが、とりあえず加担をやめたためでしょう。
では、それはなぜでしょう?
彼らが、今ひとつ分かりにくい「世の中の体温を上げる」という言葉を、しっかりと理解したためでしょうか?あるいは、企業によるマイノリティの支援に強く共感したためでしょうか?
いや、一般の消費者はそこまで一企業について知ろうとは思わないものです。炎上の後押しをやめた理由は、この会社は何やら良いことをするらしいといった程度の緩い認識だったと考えられます。ささいな理由が炎上への加担をやめさせたわけです。これは「理由に基づく選択」の心理が働いた結果と言えるでしょう。
炎上を防ぐために必要な人間心理の理解
行動経済学は、人間が必ずしも論理的でなく合理的でもないことを証明しています。人間の判断には、不合理なものが多く含まれます。
「スープストックトーキョー」の理念や姿勢が炎上を抑えたとするのは、企業にとっての理想的な見方であって、鎮火理由としては不十分です。ただし「離乳食無料提供サービス」の背景を示すこと、自社利益のみを考えているわけではないと感じさせるのは、とても重要なことでした。その内容が「しっかりと理解されなくても」です。緩くてもなにか「理由」になりさえすれば良かったのです。
多くの企業が理念や姿勢を示します。それはもちろん重要なことです。ただし、それだけで炎上を抑えることができると考えるのは楽観的です。ささいなことで揺れ動く、人間の判断や深層心理を理解しておくことが重要なのでしょう。
引用:9割の買い物は不要である 行動経済学でわかる「得する人・損する人」
橋本之克秀 著/秀和システム
プロフィール:橋本之克(はしもと・ゆきかつ)
マーケティング&ブランディング ディレクター 兼 昭和女子大学 現代ビジネス研究所研究員。東京工業大学工学部社会工学科卒業後、大手広告代理店勤
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