自己紹介すら通じなかった東大主席卒業者のハーバード留学体験記

2016.10.03
by まぐまぐ編集部
 

1. 恐怖の自己紹介

ハーバードの新学期は9月にはじまる。しかし、私たち180人のクラスメイトは、それより半月早く集まった。クラスメイトが各々親しくなるように、ハーバードがレクリエーションを用意してくれたのである。親切な学校でしょ?

しかし、これが恐怖のはじまりだった。

とにかく、私の発音の問題だろうが、私が話した英語は、誰にも理解されないのである。

ハーバードが用意するレクリエーションは、高尚なものでもなんでもなく、小学校の林間学校のようなレベル。

たとえば、6人掛けのテーブルが用意されていて、それぞれのテーブルに質問が用意されていている。10分の制限時間の間に、テーブルに着いた各々がそのテーマについて話す。話し終わったらくじを引く。そして、くじの番号に従って、次のテーブルに移る、みたいな。大の大人がこんなことやるんだ、みたいな単純なゲームである。気恥ずかしさはあるものの、日本語の場合には、なんら苦にならないはずなのである。それが、私には苦痛で苦痛でたまらなかったのだ。

一生懸命に、頭の中で考える。この単語だったら聞き取ってもらえるかなって。それでも、文法的に間違っていない、単語も間違っていない、そういう構文で話したつもりでも、私の日本人的な発音だと、全く聞き取ってもらえない。

優しい人たちはやや困惑した表情を私に向け、厳しい人たちは”Sorry?”と聞き返す。

その度に、私は心が折れそうになるのである。

2. “How many nationalities have you slept with?”

自己紹介テーブルに並ぶ質問と言えば、たとえば、”Which book do you like the best?”(どんな本が好き?) “What is your most embarrassed moment?”(最も恥ずかしかった瞬間はなに?)みたいな、まあ、小学生か中学生みたいな話題ばかり。それでも、私は、必死に分かっている単語の中で、もっともシンプルな単語を選んで、文法の知識をこねくり回して、頭の中で答えを考える。

クラスメイトの中には、日本でいうところの「不良」ではないけど、ちょっとふさげたい人たちもいる。デンマーク出身の、金髪、ハンサム系のイケてる感じのクラスメイト・ヨハンが、にやにやしながら、私のいるテーブルに近づいてきて、「こんな質問、つまらないから、質問変えようぜ」と、みんなに話しかけた。そして彼は、冒頭の質問、つまり”How many nationalities have you ever slept with?”という質問を、女生徒に向けてきたのである。

頭の中が真っ白になる。こういう質問は、学生時代ならあり得たかもしれない。しかし、日本で、かつ、弁護士として働いていると、もはやお目にかからなくなるような質問である。アドリブで面白い答えなんてできない、だけど、答えないことは空気を読まないことになるのではないだろうか。

凍り付く空気の中で、私の横に座っていたカナダ人のきれいな女の子・リッキーは、毅然とこういった。

じゃあ、あなたはどうなの?何か国を経験したの?

「5か国」とタジタジしながら答えるヨハンにリッキーは、こう言い放つ。

じゃあ、1引いて、4か国くらいかしらね?男って見栄っ張りだから

そこから、いっきに空気が和み、みんながそれぞれの国のデート文化の違いなどを和気あいあいと話していく。その空気の中で、私は、ただ唖然としていた。

こういうくだらない質問をして場を盛り上げるヨハンのようなことは、私にはできない。失礼な質問を毅然と拒否するリッキーのようなことも、私にはできない。それどころか、この質問を機会に盛り上がってみんなと仲良くなることすらできない。なにせ、私は英語が話せないのだから。

カチンと石像のように固まる私は、自分に対する情けなさでいっぱいだった。私は、ハーバードに入学するまでの苦難の日々を思い出していた。

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