日本の工業を米から守る。トヨタ自動車の創業者が胸に誓った決意

 

現在のうちの車は一番劣悪なんだ

11月にはG1型トラックが完成し、東京で盛大な発表会が開かれた。その後、地元での販売が開始されたが、セールスマンたちには営業の責任者から風変わりな訓辞がなされた。

ええか、車を売り込むのに、うちの車は他の車よりいいなどとは、決して言うてはならんぞ。世界のどこに比べても、現在のうちの車は一番劣悪なんだ。

 

ただ、国産品だから買ってくれ、使ってくれと頼むんだ。そうでなければ、自動車はいつまでもアメリカの独占物になる。日本の自動車工業は育たず、であるから日本の民族工業全体が、二流三流のままで取り残される。

 

皆さんが使ってさえくれれば、トヨタは必ず改善して、やがて世界一の車にしてみせる。

6ヶ月でろくな試作もせずに急拵えしただけに、無数の問題があることは分かっていた。それを承知で買って貰おうというのである。そのかわりに、故障したら昼でも夜でも駆けつけて修理する、全力をあげ、誠意を尽くしてサービスすることを約束した。

果たして、納入した車は毎日のように故障を起こした。業界紙には「豊田トラックまたエンコ」「国産豊田、またも座禅を組む」などと書き立てられる有様だった。しかし客の中には怒りながらも我慢強く使ってくれる人も少なくなかった。

修理サービスの担当者たちは不眠不休で対応を続けた。喜一郎もほとんど工場に泊まり込んで、「どんな些細な欠陥でも、本質に立ち返って見直しなさい」と技師たちに改良を続けさせた。時には自らワイシャツ姿で車の下にもぐり込んで、顔も手もシャツも油だらけにして、故障の原因究明に取り組んだ。

こうして1年間で800点以上もの改良を行い故障も目に見えて減って、顧客の信頼をしだいに得ていった。そして喜一郎の思惑通り、その過程で自前の技術が蓄積されていった。

一本のピンもその働きは国家に繋がる

昭和11年5月、「自動車製造事業法」が成立。フォード、GMは日本国内での生産をそれまでの実績から年1万台程度に制限され、国産メーカーとしては日産自動車と豊田自動織機のみが自動車生産を許可された。喜一郎はかろうじて賭に勝った。

昭和13年10月1日、トヨタ自動車工業株式会社が設立され、11月3日「明治節(明治天皇の誕生日)」の佳き日を選んで挙母(ころも)工場の竣工式を挙行した。約2年前に、喜一郎がノートを引きちぎった紙片に走り書きで「挙母に乗用車月産500台、トラック1,500台を定時間につくれる工場を建設してください」とまるで植木1本注文するような気軽さで担当者に命じた工場がここに完成したのである。しかも喜一郎は月産2,000台とはとりあえずの規模で、近い将来月産2万台の工場にすべく土地の手当てを行っていた。

工場の設計に当たって、喜一郎は、部品メーカーから流れるように部品が集まって、よどみなく組立が行われる「ジャスト・イン・タイムの生産方式をとるように命じた。部下が驚いて、フォードの工場ではそんな事はしていません、と言うと、喜一郎はきっぱりと答えた。

フォードがどんな方式を取っておろうと、トヨタはトヨタでやります。フォードよりすぐれた方式を打ち立てねば、フォードに勝てません。

戦後トヨタ生産方式として世界を席巻することになる「ジャスト・イン・タイム」の考え方は、すでにこの時に芽生えていたのである。

竣工式では作業服姿の喜一郎が神前で竣工の辞を読み上げた。

皇国未曾有の非常時に際会し、我等の使命日に重く、ここに国策に順応して工場を挙母地方に設け、一大自動車工業を確立せんとす。…

 

各自受持の任務に満腔の誠を尽せ。集まりて偉大の力を生ず。連鎖も一環の集まりなり、一個人の不注意を以て全工場の努力を空しうす。一本のピンもその働きは国家に繋がる。…

今日の日本自動車産業の繁栄は、喜一郎という一本のピン多くの人の知恵と力を集めて偉大の力を成さしめたものと言えよう。

文責:伊勢雅臣

image by: Jonathan Weiss / Shutterstock, Inc. , Wikimedia Commons

 

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【著者】 伊勢雅臣 【発行周期】 週刊

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