1週間で進化の系統を再現する「胎児の世界」が示す人間の可能性

 

受胎32日目、ということは母親が月経が来ないので妊娠したのかと気づく頃であるけれども、その時の胎児はアズキ大で、正面から見た顔は鰓(えら)を持つ魚である。2日後の34日目になると鼻や唇の形成が始まり、これが魚類から両生類への過渡なのだろう。さらに36日目には真横を向いていた瞳が正面を向くようになると共に、鼻が1つにまとまり、その上に脳が発達して前頭葉が顔にのしかかってくる。

38日目には鼻と両眼が真横に並び、その下の口もほぼ完成して、獅子舞の獅子頭そっくりの原始哺乳類の域に達する。そして40日目となると、これはもうヒトそのものである。

三木は「あとがき」で、この胎児の世界を公開することに躊躇いがあったと述懐している。「やはり人間社会には『見てはならぬもの』があろう。母胎の世界はその最も厳粛なものの1つである。……やはりそれは、永遠の神秘のかなたにそっとしまっておくというのが、洋の東西を超えた人情の常ではなかろうか」。と言いながら「しかし」と思い直して本書を上梓したのは「ユダヤ・キリスト教の人類至上主義(ヒューマニズム)に象徴される、あの根強い人間精神の存在……そうしてさらに、同じくいわゆる『左脳』の所産である自然科学が、ここでいう〔母なる海の〕『おもかげ』──直観の世界の排除にひたすら努め、そうした機械論に明け暮れてきたこと」への憂慮のためである。

古代の海がそのまま母親の羊水となり、その中で脊椎動物5億年の進化史がわずか1週間で再現されることを通じてしかヒトが生まれてこないことを知ることが、人間観・文明論の出発点でなければならない。

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