その後、山中教授が大臣たちと面会したり、議員の会合に出席したりして、国の支援の継続を訴えたのが功を奏したのか、結局、政府はiPS細胞ストック事業への助成を継続することに方針を戻したが、いったん官邸サイドが山中教授を見限ったのは間違いない。
杉尾議員は官僚が書いたらしい令和元年8月9日付けのメモを取り出した。
「iPS細胞ストック事業法人化の進め方というタイトルのペーパーで、機密性情報と書いてある。いまのCiRAを二つに分割する。一つは狭義での基礎研究を引き続きCiRAで実施する。もう一つはiPSストック事業を推進する公益財団法人を新設する。3番目には、新設の法人には国費を充当しない、と書いてある…問題のストック事業に昨年、国から投じられたのは13億円。これをやめるということではないんですか」
それでも、大坪次長は「ストック事業に対して国費の充当をゼロにすると言ったことはない」とシラを切り通した。
筆者はこのやり取りを見ていて、不思議に思った。そもそも、iPS細胞はアベノミクス成長戦略の目玉だったはずではないか。2012年に山中教授がノーベル生理学・医学賞を受賞し、iPS細胞への世間の関心が一気に高まり、その流れに乗るように翌13年1月、政府は再生医療に10年で約1,100億円の研究支援を決定した。
再生医療には、ES細胞や体性幹細胞を使うものもある。だが、安倍政権はiPS細胞に偏った資金投入を続け、山中教授は少なからず他の研究者たちの妬みと反感を買ったかもしれない。不満の声を受けて、自民党内に見直しの議論が起こったのも事実だ。
だからといって、一度は国を挙げて応援しようとした研究や実用化事業に見切りをつけ、官邸主導で、そこに投じてきた資金を打ち切ろうとしたのは、ただごとではない。その背景に何があるのだろうか。
それを考えるうえで、参考になるのはネットメディアNewsPicksの連載記事「iPSの失敗」だ。
「iPSバンクの細胞は品質が安定せず、治療にはまだ到底使えない」専門家たちはそう評価を下す。…世界市場を見ている医療産業界は、このバンクの使用を敬遠している。あまり知られていないことだが、iPS細胞をつくる際に使う遺伝子など6つの因子のうち、当初は一部の特許がアメリカ製だった。これをメード・イン・ジャパンにせよという政府の号令がかかり、1因子を日本製の別のものに変更している。これにより作製の効率が悪化していったというのが実態だ。莫大な資金投入が無駄になる可能性が見えているし、この国のiPS細胞は、いつの間にかガラパゴスと化していたのだ。
このような文章で問題提起をしたうえで、14年まで京大に在籍し、iPS細胞の大量生産技術の開発に長らく関わってきた仙石慎太郎・東京工業大学准教授らへの取材と、下記の5人の専門家へのインタビューで、記事を構成している。
- 2014年に世界で初めてヒトにiPS細胞を移植した高橋政代・元理化学研究所プロジェクトリーダー
- iPS研のバンクの細胞を使用しない意向を明らかにしているアステラス製薬執行役員、志鷹義嗣氏
- iPS研設立当時の京大総長、松本紘・理化学研究所理事長
- 山中の才能に目をつけ、京大再生医科学研究所に受け入れた当時の所長、中辻憲夫氏
- 2018年まで京大iPS細胞研究所にいた神奈川県立保健福祉大学教授、八代嘉美氏
全員のインタビューを紹介することは、どだい無理なので、八代嘉美教授の見解に注目してみたい。以下はその一部だ。
「iPSは結果的に、再生医療の産業化に偏重した。有用性を訴えた方が、お金を出してもらいやすいというのは、どうしてもあります」
「本来、基礎研究をじっくりやる場として、京大iPS研はあったと思います。山中先生に限らず、他のノーベル賞受賞者もみな、基礎研究の重要性については、首相や文科相に対し、事あるごとに訴えています。しかし、『何々の分野への重点的な投資を支持した』という話しか出てきません。そういう中にiPS細胞もはまり込んでしまった」
どうやら、安倍成長戦略との一見、有利な結びつきが、やたら実利を追わねばならぬプレッシャーとなり、かえってiPS研究の進展を阻害したようである。