以前掲載の「日本終焉レベルの大問題。iPS細胞10億円支援打ち切りという愚行」でもお伝えした通り、一時は国に見限られかけた山中伸弥教授らが進めるiPS細胞ストック事業。幸いその「暴挙」は見送られることとなりましたが、そもそも安倍官邸はなぜ日本がリードするiPS研究のサポートを取りやめようとしたのでしょうか。そしてiPS事業は今後、どのような道を辿ることになるのでしょう。元全国紙社会部記者の新 恭さんが今回、自身のメルマガ『国家権力&メディア一刀両断』で探っています。
一度は官邸に見限られた山中教授iPS事業の将来はどうなる?
日本が誇るノーベル賞受賞者、山中伸弥教授のiPS細胞研究はこの先、どうなっていくのだろうか。
ゲノム編集などの遺伝子技術が進歩し、再生医療でも新たな潮流に注目が集まる昨今、週刊誌や一部ネットメディアでiPS細胞研究の厳しい現状にふれた記事が散見されるが、1月29日の参議院予算委員会でかわされた質疑応答を見ていて、いっそう不安が募ってきた。
その委員会に、昨年末、「不倫出張」とやらで週刊文春のネタにされた内閣官房健康医療戦略室、大坪寛子次長の姿があった。委員会に呼んだのは立憲民主党の杉尾秀哉議員である。
杉尾議員は問題の出来事について、大坪氏の認識をたしかめた。
「去年の8月9日、京都大学iPS研究所(CiRA)を和泉総理補佐官とともにたずねて所長の山中伸弥教授と面会された。その時は、あなたと補佐官と山中教授だけでしたか」
和泉総理補佐官とは、「総理は自分の口から言えないから私が代わって言う」と、加計学園の獣医学部新設を早く認めるよう前川喜平・元文科事務次官に圧力をかけた、あの和泉洋人氏のことである。和泉補佐官は健康医療戦略室の室長も兼ねているのだ。
大坪氏は「3名だけで、意見交換をしました」と言い、その内容を問う杉尾氏に、こう答えた。
「iPS細胞ストック事業の着実な実用化のためにどういった支援の在り方があるかということで、現在取り組んでいる事業の状況、今後の見通しなどについてのご意見をうかがった」
ノーベル賞で騒がれたのはだいぶ前なので軽くおさらいすると、iPS細胞は患者自身の皮膚や血液からつくる万能細胞(多能性幹細胞)のこと。目や心臓、神経細胞など身体を構成するほぼすべての種類の細胞に分化する能力がある。しかも、他人の細胞を材料にするわけではないため、拒絶反応が起きにくい。
ということで、夢の再生医療への期待が高まった。だが、ご多聞に漏れず実用化には困難がつきまとう。患者自身の皮膚などから細胞をつくって、それをガン化することなく移植できるほどにするには数千万円ものコストと長い時間がかかる。
そこで始めたのが「iPS細胞ストック事業」というもの。免疫作用も人によって様々なようで、ごくまれに他人に細胞を移植しても拒絶反応が起きにくい免疫タイプの持ち主がいるらしい。そういう人からiPS細胞をつくって備蓄しておこうというのがこの事業の目的である。
京都の物見遊山はともかく、和泉補佐官と大坪次長が、山中教授を訪ねたのには深いわけがあった。杉尾議員の質疑を続けよう。
杉尾 「この話し合いの中で、iPSストック事業を法人化するという合意が山中教授との間でできたという認識でいいですか」
大坪 「それ以前に山中教授のほうからストック事業を法人化したいとご提案があったと承知している。合意というか、提案を了承しています」
杉尾 「法人化に当たっては国費を充当しないと言いましたか」
大坪 「内閣官房からストック事業に対して国費の充当をゼロにするといったことはありません」
iPS細胞ストック事業に対し、国は13億円ほどを助成している。各府省の概算要求を前に、和泉補佐官と大坪次長はそれをゼロにすると告げる密命を帯びて京に向かい、たしかにその役割を果たした。
昨年11月11日、日本記者クラブの会見における山中教授の次の発言がそれを物語っている。
「一部の官僚の方の考えで国のお金を出さないという意見が入ってきた。いきなりゼロになるというのが本当だとしたら、相当理不尽だなという思いがあった」
実名こそ出さないが、山中教授の思いは明らかに、和泉補佐官、大坪次長に対して向けられていた。「官僚の方に十分説明が届いていない」と、自己反省を含めた柔らかな言い回をしたところも、山中教授らしい憤りの表明だった。