さて、昭和の時代と違って親子三世代が同居するという家庭は少数派となり、家族は核家族化が進んだため家族はバラバラとなりました。
工業化していく日本産業のために、農業から都会に出て働く人が増加していったからですね。
昔は子(特に長男)が両親の面倒を見ていたのですが、徐々に子が都会に独立していって、子自身の家庭を持ち始めるとなかなか親とは繋がりが薄れていくようになりました。
そうなると長男と同居して、両親の老後は子に面倒を見てもらっていたのが、それが適わなくなっていったために国が面倒を見なければならなくなりました。
年金を整備しなければ、高齢になった両親の生活の資金を確保できなくなりました。
子が私的に扶養していたものが、段々と社会的な扶養となっていったわけです。
私的な扶養となると、自分の給料から何とかする必要があるわけですが、社会的に扶養するとなると保険料の負担を増やして高齢者の面倒を見てもらうように変化していきました。
家族がバラバラになると年金を整備しなければならなくなったわけです。
年金制度なんてやめてほしいなあという声もあったりしましたが、年金制度が無くなってしまって困るのは高齢者だけではなく若い人だって困ってしまうのは同じ事なわけです。
ところで、よく「昔の人は保険料が低いくせに年金は高いなんてズルいよなあ…」という世代間不公平論が一時期話題になっていましたが、昔は年金なんてそんなに整備されていなかったし支給されても大した額ではありませんでした。
国民年金も昭和36年(昭和34年から税金による支払いは始まった)までは存在しなかったわけですからね…。
昭和36年4月からは国民年金が始まったから、主に自営業者や農業の人は保険料を支払い始めました。
でもまだ、高齢の親を私的に扶養していたし、その上さらに保険料まで払うとなると2重の負担になるのでそんなに保険料払って下さいよ!と求めるわけにもいきませんでした。
あまり保険料負担を求めるわけにもいかない中でも、将来しっかりとした年金制度にするためには給付を早い段階で改善していかなければいけませんでした。
このように、昔はその各々の家庭で高齢者の面倒を見る形からその手が離れて、国が面倒見ていこうとするようになったからこそ若い人はとりあえず毎月の保険料を支払うだけで、自分の仕事や家庭だけの事を考えていればよくなりました。
保険料さえ支払っていれば、肉体的な負担も軽減されていったという事ですね。
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