「丁寧すぎる文章」がかえって解りにくい理由は?元大手新聞校閲センター長が解説

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文章の大きな役割と言えば、読み手にその内容をはっきりと伝えること。しかしながら世の中には、何度読んでも理解できないような文章があふれているというのが現状でもあります。何がそのような事態を招いているのでしょうか。今回のメルマガ『前田安正の「マジ文アカデミー」』では朝日新聞の元校閲センター長という経歴を持つ前田安正さんが、「文章がわかりにくくなる構造」を「わかりにくい文章」を修正しつつ解説。その上で、相手に伝わる文章を書くための2つのポイントをレクチャーしています。

わかりやすく書こうとしてかえってわかりにくくなる構造

丁寧に伝えようという思いは、とても重要なことです。ところが、丁寧に書いたつもりが、かえってわかりにくくなるという皮肉な現象は、意外と多く見られるものです。

わかりにくさの原因となる「丁寧」は、主に二通りです。

  • 相手に対して過剰な敬語を使っていて、やたら甘ったるい善哉のようになっている
  • 説明が丁寧過ぎてころもの多いエビ天のようになっている

これは、文章のコンサルタントという仕事をしてよく感じることなのです。

善哉もエビ天も、どうせなら美味しく食べたい。ところが、善哉も甘すぎてはせっかくの小豆の味が引き立ちません。ころもの多いエビ天は、中身のエビが細くて小さいからです。中身がないのに大きく見せても、むなしいだけです。

過ぎたるはなお及ばざるが如しの言もあります。行き過ぎは、足りないのと同じです。

きょうは、そんな「丁寧の行き過ぎ」について、考えてみます。

次の文を見てください。

私は、社会福祉法人○○会に勤めさせていただいておりますが、私共の施設・障がい者施設△△園・特別養護老人ホーム◇◇荘・地域密着型介護老人施設××園のいずれかの利用者さんも次々におそってくる、コロナ禍のためにいつも心待ちにしている家族、親戚、友人との面会もままならず、買い物などの外出も極端に制限され、それに施設内での行事も縮小され、寂しく心細い思いの日々を得ない状況になっているのです。

障がい者施設などでは、コロナ禍によって利用者は行動制限がかかり、心細い日々を送っている、ということは何となくわかります。

しかし、192文字もあるこの長い1文は、わかりやすさからは程遠いものになっています。

複雑な原因は、謙譲語と接続助詞

その一つが、「勤めさせていただいておりますが、」という謙譲語と接続助詞「が」にあります。

まず、誰に対する謙譲語なのかがわかりません。おそらく筆者は、丁寧な自己紹介のつもりなのです。「させていただきます」を謙譲語というより丁寧語として理解しているのです。

その後に「が」という接続助詞を使ったため、文が切れずに次が続きます。

~勤めさせていただいておりますが、私共の施設・障がい者施設△△園・特別養護老人ホーム◇◇荘・地域密着型介護老人施設××園のいずれかの利用者さんも次々におそってくる、

主語は書き出しの「私」だったはずです。ところがここで一転、

~の利用者さんも次々におそってくる、

とあるので、主語が消えてしまったのです。

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