トリチウムの実態
蓄積されている水は、破壊された原発の核燃料を冷却するために使用されたもので、冷却の過程で地下水などが流れ込むために、1日あたり140トンの放射性物質を含む汚染水が発生し、原子力発電所の敷地内に次々と設置されたタンクに蓄積。
第一原発では、破壊された原子炉内に核燃料デブリを冷却するために海水が使われているが、冷却の過程で発生する汚染水からは、ほとんどの放射性物質はALPS(Advanced Liquid Processing System=多核種除去設備)と呼ばれる装置などによって取り除かれている。
しかし、水素の同位体であり陽子が1つに中性子2つを加えただけの、極めて水素と分子構造が似ているトリチウムは、ALPSによってでも水と分離することが難しい。
「三重水素」とも呼ばれるトリチウムの分子構造は水とほとんど変わらないため、人体にそれほど重大な影響を及ぼさないと政府は説明する。しかし、分子生物学者はむしろそれは逆だという(*4)。
ほとんど水と変わらないがゆえに、人体はトリチウムを水と区別できずに容易に体内の組織に取り込んでしまう。そのため、トリチウムは微量でも体内に長期間とどまり、その間、人体を内部被ばくにさらしてしまう危険性があるとの声もある。
政府は有識者会議で、海洋放出のほか、地層注入、水蒸気放出、水素放出、地下埋設の5つの案を検討した結果、海洋放出が、一番コストが安くしかも時間的にも早いと判断されたために海洋投棄を決めたとする。
しかし有識者会議が検討した案は、海洋放出以外は土地の確保や技術開発などの点でいずれも現実性に乏しいものであり、有識者会議の検討プロセス自体が初めに海洋投棄の結論ありきのアリバイ作りだった感が否めない。
その一方で、政府はNGOの専門家らが現実的な代替案として提唱している大型タンクの設置やモルタル固化処理などの案を検討すらしてない(*5)。
近畿大学研究チームが5年前、トリチウム除去に成功も
有識者会議はトリチウムの生体への影響としてマウスやラットで発がん性や催奇形性が確認されたデータの存在を認めながら、ヒトに対する疫学的データが存在しないことを理由に、トリチウムが人体に影響を及ぼすことを裏付けるエビデンスはないとの立場をとる。
しかし実際には故ロザリー・バーテル博士などによってトリチウムの人体への影響はこれまでも繰り返し指摘されてきた(*6)。
トリチウムは水とほとんど変わらない分子構造をしているため、体内の組織に取り込まれやすい。
体内に取り込まれたトリチウムは取り込まれた組織の新陳代謝のスピードによって体内にとどまる時間は異なるが、長いものでは15年間も体内にとどまり、その間、人体を内部被ばくにさらし続ける場合がある。
トリチウムの人体への影響はセシウムのように単に体内に存在している間だけ放射線を出す放射性物質のそれとは区別される必要があるとの声も(*7)。
トリチウムをめぐっては、2018年に近畿大学の研究チームが、トリチウム水の分離・除去に成功したと発表していた(*8)。
しかし、さらなる研究のために政府系の補助金を申請すると「まだ実験室レベルでの研究」として突き返され、東電に福島第1原発敷地内での試験を打診しても、協力を得られなかったという。
また、ALPSで処理された水の中に、トリチウム以外にも多数の放射性物質が含まれており、とりわけヨウ素129が多い(*9)。
お笑い芸人ながら、福島第1原発事故以降、熱心な取材・発信を続けている、おしどりマコさんは、
「ヨウ素129の半減期は1,570万年である。将来的に、問題になるのはヨウ素129ではないだろうか?」
と危惧している。
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