「イスラム国」すら恐れるテロ組織の拠点に歩いて行った男

Asaf Eliason /Shutterstock.com
 

こんな態勢で3週間ほどがんばってみたわけだが、とどのつまりイラン国境まで残り170キロほどのギュネイカヤ近郊でパトカーに乗せられる羽目になった。トルコの徒歩旅行はギリシャ国境から1954キロ歩いたところで強制終了されてしまったのである。

クルド人の燃料。家畜の糞と藁、土をこねて天日干し中。エルズルム近郊。

クルド人の燃料。家畜の糞と藁、土をこねて天日干し中。エルズルム近郊。

クルディスタン。黒海沿岸のトラブゾンから南東へ進むとまもなく標高1500メートルを超える高地になる。7月というのにあちこちの尾根近くに雪が残り、ところどころで清冽な雪解け水が山肌を駆け下っていた。山裾に広がる草原ではクルド人が羊やヤギ、牛を放牧し、刃の長さが70センチもある大鎌で牧草をなぎ払っている。また、あまり広くない平地は麦畑や野菜畑として利用されていた。

クルディスタンでは羊やヤギ、牛の放牧がさかん。この直後、パトカーに強制乗車。

クルディスタンでは羊やヤギ、牛の放牧がさかん。この直後、パトカーに強制乗車。

クルドの女性はイスラムの伝統にしたがい、顔も含めた全身を茶色のブルカで覆い隠して見知らぬ男とは口も利かない。一方、男たちは人なつっこく、よく声をかけられた。

「ギャル、ギャル、ギャル! チャイ、チャイ、チャイ!」(来い、来い、来い! お茶、お茶、お茶!)

僕は手持ちの水がなくなると紅茶やアイランを恵んでもらった。クルド人のアイランはヤギの乳で作ったヨーグルトに塩と水を加えた自家製ドリンクヨーグルトだ。酸味と塩気、そこはかとない甘みがない交ぜになったスグレモノで、いまだにあんなうまいドリンクヨーグルトを飲んだことがない。

クルドの若者と子どもたち。このあと、なぜか彼らは怒り出し、僕に石を投げてきた。

クルドの若者と子どもたち。このあと、なぜか彼らは怒り出し、僕に石を投げてきた。

このように書くといかにも牧歌的で、いったいどこにテロの恐怖なんかあるんだと疑われそうだが、それ以外の現実もある。平和そうな風景の中を歩いていると、ジープが行くわ、兵員を満載した輸送車が来るわ、荷台に重機関銃を装備した軍用車が通過するわ、とうとう戦車を載せた大型トレーラーまでもが往来しだしだ。

おいおい、こんな心和む雄大な風景になんと不釣合いな道路事情なんだ。こんな物騒な道を本当にリュックサック背負ってのうのうと歩いていてだいじょうぶなのかよ。

東へ行けば行くほどテロの危険性は高まるそうで、東部の大都市エルズルムなど大きな町に近接する軍事基地には戦車が何両も待機し、町はずれの道沿いには南側の山の尾根に照準を合わせた迫撃砲が配置され、なにに目を光らせているのだろうか、ときどき10人ほどの兵士の一隊が自動小銃を抱えて山の斜面を徘徊していた。

僕が顔を出した警察や軍はまだこのあたりではPKKのテロは起こっていないというものの、軍用車両が足しげく往来する上にこれだけ厳重な警戒態勢を目の当たりにすると、逆にテロは起こるんだろうなと勘繰ってしまう。なんといっても意表を突くのがテロだからだ。

たとえば、山間の道を歩いていると、さほど遠くない岩山の稜線から男がこちらをじっと見下ろしていることがある。あんな場所に人がいるのは不自然で、彼らが家畜を放牧中の牧夫なのか、登山者なのか、テロを警戒中の兵士なのか、はたまたPKKのスナイパーなのか、僕にはまったく区別がつかない。道の両側に山が迫って逃げ場がないところでは、仮に男がテロリストでこっちが標的だとしたら、ハイそれまでよ。

こういうときはただひたすら、どうか男がテロリストではありませんように、テロリストだとしても僕を標的にしませんようにと、心の中で手を合わせながら通り過ぎるしかない。胃袋は縮み上がり、おしっこがちびるのである。

立ちはだかる岩山。夏の暑熱でコールタールが溶けないよう路面には土がかぶせてある。

立ちはだかる岩山。夏の暑熱でコールタールが溶けないよう路面には土がかぶせてある。

そうこうするうちに恐れていたことが起こった。10日ほど前に通過したギュムシュハネの郊外で20人以上の村民が虐殺されたのだ。東へ行くほどテロの危険が高いといわれていたのに、実際には僕が歩いてきた西の方角で発生したのである。こうなると次回のテロはどこで起こっても不思議はない。歩く旅もそろそろ潮時だ。

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