【辺野古移設】「沖縄は中国の弾道ミサイルの射程圏」の報道で見えた大手新聞の権威主義

2014.12.11
by まぐまぐ編集部
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日米開戦記念日の12月8日の朝、こんな記事が目に飛び込んできました。

辺野古移設 「長期的解決にならない」 米国防省元幹部

「日米両政府が進める米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の名護市辺野古への移設について、対日政策に詳しいジョセフ・ナイ元米国防次官補(現米ハーバード大教授)が『長期的には解決策にならない』と述べた。中国の弾道ミサイルの射程内にある沖縄に米軍基地が集中する現状を変えるべきだ、とも指摘した。

今月初めに朝日新聞の取材に答えた。ナイ氏は『中国の弾道ミサイル能力向上に伴い、固定化された基地の脆弱(ぜいじゃく)性を考える必要が出てきた。卵を一つのかごに入れておけば(すべて割れる)リスクが増す』と指摘。在日米軍基地の7割超が沖縄に集中していることは、対中国の軍事戦略上、リスクになりつつあるとの見方を示した。

普天間飛行場の辺野古移設については『宜野湾市での航空事故などの危険を減らすことになる』とし、短期的な解決策としては有効だと指摘。そのうえで『長期的には解決策にはならない。固定化された基地の脆弱性という問題の解決にならないからだ』と述べた。」(12月8日付け朝日新聞朝刊)

日本の新聞の1つの欠点は権威主義です。とかく相手の肩書きや経歴で評価し、判断してしまう傾向があります。だから、日米関係というと朝日も読売も、リチャード・アーミテージ氏(元国務副長官)、ナイ氏(元国防次官補)、マイケル・グリーン氏(元国家安全保障会議上級アジア部長)…とワンパターンになってしまいます。

私もアーミテージ、ナイ、グリーンの各氏とは面識がありますし、日本の同様の立場の人々より優れていることも認めます。だから、ナイ氏の言説についても全面否定したりするつもりは毛頭ありません。

しかし、彼らも知らないことは知らないのです。そして、問題点を指摘したり、こちらから説明すれば、ちゃんと耳を傾ける人たちです。問題は、日本側が問題点を指摘したり、反論したり、主張せず、彼らの言説を垂れ流しで報道することになる点です。それが一人歩きして権威を備えてしまう。その結果、日米の世論をミスリードすることが、これまでに何度、繰り返されてきたことか。

ナイ氏の発言で日本人が最も参考にすべきは、アングロサクソンの家庭教育の中に貫かれている「ひとつのバスケットに卵を入れるな」というリスク分散の発想でしょう。危機管理でも重要なポイントです。

沖縄の米軍基地が中国の弾道ミサイルの射程圏内にあるという脆弱性の指摘にしても、その部分だけをとれば間違っていません。

しかし、ナイ氏は優れた国際政治学者であっても軍事専門家ではありません。だから、日本列島に展開する米軍基地を出撃機能の側面からしかとらえることができていません。表面的な理解で語っているのです。

例えば、「在日米軍基地の7割超が沖縄に集中していることは、対中国の軍事戦略上、リスクになりつつあるとの見方を示した」という部分です。

これまでも繰り返し述べてきたように、日本列島に展開している83カ所の米軍基地は米国にとって2つとない戦略的根拠地を形成しており、出撃機能だけでなく、ロジスティクス(補給・兵站)と情報(インテリジェンス)の機能が米国本土のレベルに維持されているのです。

そして、人間の身体にたとえれば沖縄に置かれた米軍基地は強力な筋肉の性格なのに対して、本州、九州に置かれているのは頭脳、心臓、肝臓、中枢神経といった機能です。

沖縄に置かれた出撃機能に対するリスクを否定するつもりはありませんが、それを標的として中国が軍事力行使の誘惑に駆られることはあり得ないのです。

企業にたとえれば、ほかの同盟国が支店か営業所なのに対して、日本に置かれているのは本社機能です。だから「戦略的根拠地」と表現し、米国は旧ソ連、中国、北朝鮮に対して「日本列島に対する攻撃は米本土に対する攻撃とみなす」と表明してきました。日本列島に手を出すと、核兵器で反撃するとほのめかしていた時代もあったほどです。

いかに弾道ミサイルの射程圏内に収めようとも、中国が沖縄の米軍基地を攻撃するのは、米国との全面戦争を覚悟した場合に限られ、それが現実のものとなる可能性は少ないことはいうまでもありません。

また、「在日米軍基地の7割超が沖縄に集中している」という言い方は間違いです。「在日米軍基地の面積の7割が」というのが正確な表現で、それはハンセン、シュワブなどの広大な海兵隊基地と演習場が置かれている結果なのです。いかにも主要な米軍基地の機能の7割もが沖縄に集中しているような言い方は、日本のマスコミが好んで使ってきた誤った表現なのです。

このように、ナイ氏の言説は戦略的根拠地・日本列島に展開する米軍基地の実態を把握しておらず、「在日米軍基地の7割超が沖縄に集中している」という表現も、日本のマスコミの言い方に乗っかっている面があることを知る必要があるのです。

朝日新聞は、そのナイ氏を「対日政策に詳しい」としていますが、まるで軍事専門家のような扱いです。これでは誤解を増幅するだけです。

このインタビューには、朝日新聞の記者が疑問を呈したり、突っ込んだ質問を試みた形跡も見られません。ナイ氏の語ったことをコンパクトにまとめただけというのは酷かも知れませんが、そう言わざるを得ない内容です。

かくして、ナイ氏に代表される米国専門家の言説が権威を持ち、一人歩きし、日米の世論を形成していく…。この問題でも、ジャーナリズムの責任は重いと言わざるを得ません。

 

『NEWSを疑え!』第355号(2014年12月11日号)
著者/小川和久(軍事アナリスト)
地方新聞記者、週刊誌記者などを経て、日本初の軍事アナリストとして独立。外交・安全保障・危機管理(防災、テロ対策、重要インフラ防護など)の分野で政府の政策立案に関わり、国家安全保障に関する官邸機能強化会議議員、日本紛争予防センター理事、総務省消防庁消防審議会委員、内閣官房危機管理研究会主査などを歴任。
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