中国の「南シナ海活動は2000年の歴史」という真っ赤なウソを検証

 

その先はなかなか難しいが……

これを解きほぐすにはどうしたらいいのか。「おそらく、そのひとつの答えは台湾にある」とヘイトンは言う。「中国史に関する議論は、本土よりも台湾のほうがずっと自由にできる見込みがある。……それに台湾には、U字型ラインを最初に引いた政府、つまり中華民国の文書が保管されている。問題のラインがどんな偶然の成り行きで描かれるに至ったのか、おおっぴらに、また徹底的に検証すれば、世論形成に影響力のある人々が考えを変えて、絶対的真理と長らく宣伝してきた国粋主義的な神話を、一部なりとも再検討する気になるかもしれない。そして、台湾から始めるべきという最大の理由はこれだ──中国の当局者が恐れているのは、この問題で譲歩すれば台湾から強く批判されるのではないかということなのである。北京大学の査道炯教授が説明しているように、『単純なことです。共産党対国民党なんですよ』。台湾政府が、南シナ海における歴史文献的な衝突を縮小する方向に動けば、中国政府も同じことをずっとやりやすくなる。平和な未来への鍵は、誠実で批判的な過去の検証にあるのかもしれない」(P.356)。これがヘイトンの大著の結びの言葉である。

なかなかいいアイディアだと思う。そこから始めて、次には、2002年に中国とASEANが策定した「南シナ海行動宣言」に立ち戻ってそれを法的拘束力を持つ「南シナ海行動規範に格上げしようという長年の課題にいよいよ決着をつけることだろう。しかしその先、個々の紛争事案についてASEAN全体、あるいはさらに米国や日本も加わっている「ARF=ASEAN地域[安保]フォーラム」など多国間の枠組みで話し合うことが何より建設的ではあるが、中国は、一対多の図式になることを嫌うし、また特にARFでは米国が関与してくることが避けられないので、決して受け入れないだろう

それはそれで一理あることで、田岡俊次が「ダイヤモンド・オンライン」7月14日号で言うとおり「中国が近隣諸国や米国との関係悪化を冒してまで南シナ海の確保をはかる第1の理由は、軍事面から見れば弾道ミサイル原潜の待機水域の確保」だからである。この視点については、私も、本誌No.810=15年11月9日号「『米中が南シナ海で一触即発』というのは本当か?」や共著『習近平体制の真相に迫る』所収の岡田充との対談(16年7月、花伝社刊、P.72~)などで打ち出している。中国が米本土に到達可能な戦略ミサイルを搭載した原潜を数隻程度、南シナ海に配備しようとすること自体は、米国が中国の核保有を容認している以上、「止めろ」と言うことはできない。米中間の相互核軍縮、その入り口としての相互不使用宣言、それが成るまでの間、不測の事態を回避するための海空連絡メカニズムのできるだけ早い確立を期待するしかないだろう。

そういうわけで、この問題の平和的解決のためには、まず、中国と台湾がそれこそ歴史的に共有してきたが故にお互いが引っ込みがつかなくなっている「9段線」の混濁したイデオロギーを克服することである。日米やASEANが巧みな知的包囲網を形成してそういう方向に議論を導くことが肝心で、軍事的包囲網で中国を押さえつけようとするのはかえって危険である。

 

高野孟のTHE JOURNAL』より一部抜粋
著者/高野孟(ジャーナリスト)
早稲田大学文学部卒。通信社、広告会社勤務の後、1975年からフリー・ジャーナリストに。現在は半農半ジャーナリストとしてとして活動中。メルマガを読めば日本の置かれている立場が一目瞭然、今なすべきことが見えてくる。
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