元モヒカン頭で仕事嫌いの青年が、たった20円で世界を笑顔にする

 

元モヒカン&ピアスの「型にはまらない生き方」

多くの一流企業からも信頼されるようになった小暮。学生時代はモヒカンにピアスの人と同じことをするのが嫌いな青年だった。

早稲田大学の理工学部では人工心臓の研究にのめり込んだ。卒業後もオーストラリアに留学し研究を続けた。このユニークな経歴が認められ、外資系コンサルティング会社マッキンゼー・アンド・カンパニーに就職。しかしコンサルタントの仕事に心から満足することはできず、6年で退社。その後、映画会社の松竹に入ったが、「本当に仕事が嫌で、抜け出して公園に行ったり。とにかく嫌なんだけど、自分でも理由がわからなかった」と言う。

そんな時、自分の気持ちをハッキリさせようと、模造紙に、自分が今までどんなことを考え、どう行動していたか、片っ端から書き出した。「ルールを破るのが好きだった」「幸せは他者のために役立ちたいと願うときにおのずと得られる」……次第に自分のやりたいことが浮かび上がってきた。それは「誰かのためにビジネスで何ができるか」だった。

ちょうどその頃、世界を変えたい若者が集う国際会議「ヤング・グローバル・リーダーズ会議」がカナダで開かれ、TABLE FOR TWOのアイデアが発表された。考えたのは元マッキンゼーの同僚など日本人たちだった。

「すごい仕組みだなと。これが本当に回り始めたら、大きな世界の問題も解けるかもしれない。しかも日本人がこれを考えたのですから」(小暮)

事業化を託された小暮は会社を辞め、NPOを立ち上げた。しかし寄付を頼むべく、アポを取ろうと電話をかけると、NPOと名乗っただけで電話を切られたり、ようやく担当者に会えても、「寄付金のうち2割が事務所代やスタッフの給料になる」という説明に絶句されたり。

「社会的信用が全くないって、こういうことなんだと思いました。今までの人生でそんなことを言われたことがなかったので、これは大変だな、と」と、小暮は当時を振り返る。

それでも小暮は粘り強く企業回りを続けた。そこに思わぬ追い風が吹く。2008年、いわゆるメタボ検診が義務化され、企業の健康への取り組みが前向きになったのだ。これを機に協力企業や団体は一気に増え、その数は今や650になった。

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