ところで企業の繁栄は経営者その人の能力によって全てが決まると言っても過言ではなく、そうしたらそんな能力を持った経営者っているのとかいうことになるのですが、それは結論から言うと多くいます。ただし、松下幸之助さんが「なすべきことをなす勇気と、人の声に私心なく耳を傾ける謙虚さがあれば、知恵はこんこんと湧き出てくる」「人の長所が多く目につく人は、幸せである」と言われているような、そんな類の能力です。
企業規模が小さい間は、経営者個人の技能スキルの良し悪しが業績の良し悪しを大きく左右させます。例えば、フレンチレストランのオーナーシェフの調理の腕が良ければ、少々気難しくともそれが通ぶる人に受けてブランドともなり繁盛します。しかし、そのレストランの支店を出そうとするならば事は異なり、弟子の料理人を育てる能力もマネジメントの補佐役も求められます。
よく中小企業の経営者で勘違いされるのは、技能スキルさえ秀でていればすべての企業経営もうまく行くという成功の「思い込み」です。得意先の要望に応えて喜んでもらえて注文がドッと増え、そこで人手が足りないからというので従業員をドッと雇用します。仕事をこなす能力が秀でているので、何事もうまく行くと考えての前向きな行動ですが、これが往々にして裏目に出ることがあります。顧客や得意先に喜んでもらえたのは、経営者個人のスキルだけだからです。
こんな事例はあちこちで見られるものですが、これは「習熟神話」とよばれるもので、ある事象がうまくいくとすべて事象がうまく行くという「思い込み」です。解決策は強みの源泉をよく理解して拡大しないことか、または新たな段階に入ったので人の強みを引き出し支援に焦点を定めることです。
本田宗一郎さんも、この陥穽に落ち込みそうになったなった経緯があります。それは新しい車種を空冷で行くか水冷にするかの技術レベルの問題でした。その時、本田さんは自身の技術者の経験と自負により自信をもって空冷で行こうとしたのですが、若手技術者はこぞって水冷を主張し出社拒否する事態にまで発展してしまいました。
どちらも技術者としての意地がありますが、問題は「経営者」としては何を重視して意思決定しなければいけないかということです。その時に若手技術者に助けを求められた副社長の藤沢さんが「貴方は技術者なのか? それとも社長なのか?」を問われて若手技術者が主張する「水冷」で行くことに決まりました。後に、藤沢さんは「本田であれば、空冷でも行けただろう。やらしてやりたかった」と言われていたそうですが。