盲ろう者として初の東大教授に。福島智氏に使命を与えた「態度価値」

 

「態度価値」

大学で、福島さんが自分の使命を探求する過程で出会ったのが、オーストリアの精神医学者ヴィクトール・E・フランクルの「態度価値」という考え方だった。

フランクルは人が生きるうえで実現する価値には3つの段階がある、という。第一は、美しい絵を描いたり、立派な仕事を通じて「世界」に何かを与える「創造価値」。第二はそういう美しい絵や立派な仕事に感動する「体験価値」。

第三の「態度価値」は、フランクルがナチスのアウシュビッツ強制収容所に囚われていたという極限状態で発見したものだろう。

強制収容所にいたことのある者なら、点呼場や居住棟のあいだで、通りすがりに思いやりのある言葉をかけ、なけなしのパンを譲っていた人びとについて、いくらでも語れるのではないだろうか。
(『ぼくの命は言葉とともにある』福島智 著/致知出版社)

アウシュビッツのような極限状態でも人間は崇高な態度をとりうる。その態度によって実現される価値を「態度価値」と呼んだ。

福島さんが暗黒の宇宙空間に漂うような孤独の中でも、「ぼくは豚とは違うんや」と言って、親に養って貰うだけの安楽な生活を拒否し、大学に行って自分の使命を探そうとした生き方も立派な態度価値である。

盲ろう者として初めて大学に行き、東大教授までなったという実績は、多くの人々を感動させた創造価値だが、それとは別に福島さんの生き方自体に態度価値があるのである。

小野田寛雄の態度価値

フランクルと同様の極限状態で生きた人として、福島さんは小野田寛雄(おのだひろお)を挙げている。

戦争が終わって29年後にフィリピンのルバング島にあるジャングルで見つかった小野田寛雄さんは、その29年間の間、「孤独感は一度も感じたことがない」と語った上で、その理由として次のような趣旨のことをおっしゃったそうです。「今まで生かされてきた中で多くの人から教えをいただき、この身体をいただいて自分は成り立っているのだから、自分は一人ではない」と。

 

これもフランクルの体験と一種響き合うものがあります。たぶん小野田さんの中には「日本のために戦う」という強い意識があり、また陸軍中野学校卒の情報将校として自分に授けられた使命があったから、自らの生には意味があるという気持ちを持っておられたのでしょう。
(対談『運命を切りひらく』福島智、北方謙三/「致知」)

小野田少尉は「ゲリラ戦を指揮せよ」との命令を29年間守って、日本の敗戦後も米軍やフィリピン警察軍と戦った。

小野田さんが投降したのは、上官だった谷口義美・元少佐がやってきて「投降命令」を伝えた時だった。投降した小野田さんをマルコス大統領は肩を抱いて「あなたは立派な軍人だ」と称賛し、過去の行為の全てを赦した。

小野田さんはジャングルの中でただ一人生き残るという極限状況の中でも、軍人として使命を尽くした。その生き方は態度価値そのものである。

「生涯忘れない」と語った米軍女性パイロット

この態度価値を発揮しうるのは、小野田さんのような特別な人ばかりではない。作家の百田尚樹氏は知人から次のような東日本大震災時のエピソードを聞いたという。

…これは知人から聞いた話ですが、救援物資をヘリコプターで被災地に届けた米軍の女性パイロットは、着地が非常に恐ろしかったというのです。なぜなら、どこの国でもヘリコプターに人がワーっと殺到して大混乱が起き、奪い合いになって身の危険を感じることがよくあったからです。

 

日本の被災地でもそうなると覚悟して着地したのですが、近づいてきたのは代表者である初老の紳士一人、そして丁寧に謝意を述べ、バケツリレーのように搬入していいでしょうか、と許可を取って整列し、搬入が始まった。

 

すると途中で、「もうこれでけっこうです」とその紳士は言ったそうです。「なぜですか?」と訊ねると、「私たちはもう十分です。同じように被災されている方々が待つ他の避難所に届けてあげてください」と言った。

 

そのパイロットは、礼儀を重んじ、利他の精神で行動する日本人の姿に感動し、生涯忘れないと知人に語ったそうです。

アウシュビッツ強制収容所で「なけなしのパンを譲っていた人びと」と同じである。そんな態度価値を、いざという場合には普通に発揮できる人々がそこいらにゴロゴロしているというのが、我が国の特殊な国民性である。

他者を驚かせるような創造価値を発揮することは、よほど才能に恵まれた人でなければ難しいが、態度価値なら米軍女性パイロットに生涯の感動を与えた被災者たちのように、我々凡人にも可能なのである。

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