で、そんな騒音に慣れっこなニューヨーカーですが、やっぱり我慢できないのもニューヨーカー。市が実施する毎年のアンケート調査では、毎年、毎年、「騒音なんとかしろ!」というクレームが必ずランクインされます。歴代の市長は、この北米一「うるさい街」と戦う運命となります。
マイケル・ブルームバーグ(市長)時代(2002~2013年末)の前半では、「サイレントナイト・キャンペーン」も実施しました。日本語風に言うなら「静かな夜運動」。騒々しいバーや、必要以上のクラクション、意味のない大声を上げる酔っ払いから、それらに配置された警官が罰金をとっていきます。
一時期、ニューヨークのバーに「お願いだから!静かにしろ!じゃないと追っ払うぞ!」といった内容が書かれた張り紙が目につきました。
で、それらを「軽犯罪」として取り締まり、実績を上げ、これだけ取り締まりました。治安もよくなったでしょ、的な政治シーンに利用してる!と市長が叩かれた時期もありました。それらを「犯罪」にカテゴライズして、実績を上げたように見せかける数字のトリックを使って、支持率を上げようとしている、と。
だからなのか、そのサイレントキャンペーンも、いつのまにか暗礁に乗り上げられ、一時期ほど耳にしなくなった気がします。そして、またこの街にバーの喧騒と騒音が戻ってきています。
日本の街中で聞く「音色」をうるさく感じる理由
結局、「うるさい!なんとかしろ!」と喚いてるニューヨーカー自身も「うるさい」。人のことを言えない、自分を棚にあげちゃいけない集団がニューヨーカーなのだと思います。他人に静かにしろ!と注意するなら、自分も静かにしなきゃいけない。そんなの無理だとどこかでみんなわかってる。なので、多少の音は我慢しよう。それが偽らざるニューヨーカーの本音なのではないかなと思います。
そういう僕も慣れてきました。今では埼玉の茶畑の静けさは落ち着かないけれど、FDNY(NY市消防局)の耳をつんざくサイレンはどこかで心落ち着くようになってしまってる。つくづく、慣れって怖いなと思います。
先日の東京出張。「ドアが閉まります、お気をつけください」と何度も何度も何度も、親切で繰り返すエレベーター内の機械音が。歯医者や美容院までのコマーシャルを無機質な声で流す市営バスのアナウンスが。健康的で明るい、その店独自のオリジナル曲をヘビーローテーションで流すスーパーマーケットと、そのスーパー内の、あえてガラガラ声で、ブリだのイワシだのを押し付けようとする鮮魚コーナーの音声が。心の底から、うるさい、と思ってしまいました。
どうしてだろう。明らかに、ニューヨークの騒音の方が、音量はでかい。しかも、ランダムだ。調和なんてない。好き勝手にうるさいニューヨーカーたちに比べれば、これら日本の音声は、いちおうは丁寧で、しかも、リズムも一律で調和的だ。
わかった。それだ。それが原因だ。それが心地悪いんだ。
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