もう一人の父親Bさんは、ホワイトカラーのインテリ風の方でした。指導を受ける息子とは別にいらっしゃったので、お父さんにのみに概要を説明しました。Bさんは「うちの息子がいじめを認めているのか?」と強い口調で仰いました。聞けば「『息子』はいじめをやっていないと言っている。だから指導を受ける必要はない」との御主張でした。
「証拠があるのか?あるならば見せてみろ」と言われたので、息子(生徒)本人の書いた詳述書のコピーをお見せしました。そこには本人の直筆で、「いじめだと思う」との反省の弁が記されていました。しかし、Bさんは納得されず、「教員に脅かされて書かされた」と主張されるなど、膠着(こうちゃく)した状態から脱することはできませんでした。それどころか、「教頭とかいって偉そうにしているが、官僚的で教育のことなど何も考えていないだろ。教育信条があるならば言ってみろ!」と怒鳴る始末でした。私の心の中では「連合艦隊出撃準備完了!」です。
結局、息子(生徒)本人をここに呼び、確認するということになりました。息子が来るとBさんは、「(詳述調書を手に)お前はこれを無理やり書かされたのではないのか?」と聞きました。息子が「違う」と答えると、「おまえはいじめと認めるんだな」と詰問しました。息子は「認める」と答えました。その瞬間、Bさんは息子の頬に平手打ちをしました。さらに、「お前は親に嘘をついていたのか、恥をかかせるのか!」と怒鳴りました。私は慌てて止めに入りました。
後日談ですが、その生徒の担任から、本人から聞き出したとのことで、「『いじめ』をしたと認めると、父親から暴力を振るわれると思い、とっさに嘘をついてしまった」と聞かされました。このような親子の関係性について大変心配しました。
当時、この「いじり」の件から学ぶことが多くありました。笑いや盛り上がりが必ずしも「楽しい場」ではなく、「いじめの場」の可能性があるということが一番です。ちなみに、被害者の男子生徒には、スクールカウンセラーとの面談を定期的に設けましたし、困ったことがあっても相談に来るタイプではないので、毎日放課後、担任か学年主任と短時間でも会話をする時間を設定し、本人を守る手立てとしました。その後、本人の努力もあって、その男子生徒は、進路を決め無事に卒業しました。
元公立高校校長 清川 洋
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