教育委員会の小言すら喜んで聞けぬ学校側の危機管理意識の低さ

 

「そんなことぐらいで」と思ってはいけない。結局、一回の訪問ではそういったことでしか判断できないし、そこにはある程度妥当性がある。「訪問に来る」とわかっているのにまだ放置しているぐらいだから、普段から相当意識が低いと判断される。

家に客が来るとわかっているのに掃除をする気がしないでそのまま、というのと同じである。普段から家の掃除をしていないから、客が来るという時に妙な気合いがいるのである。

つまり、本来細かいことを言いたいのではないということ。そこから始めて、全体の安全意識を高めて、子どもを守りたいということである(警察が軽微な交通違反を取り締まるのと同じである。結局他の重大な違反も減る)。

教育委員会というのは、学校の親のような立場である。直接に手出しはできないが、保護・監督する責任がある。乱れているのに、放置はできない。

危機管理の話に戻ると、学校の不祥事は教育委員会の責任でもある。教師と子どもの関係にたとえると、いじめなどの子どもの不適切な状態を教師が放置したとみなされる。全力で事態を収拾するとともに、関係者に頭を下げることになる。「子どものやったことで自分には関係ない」とは当然言えない。

嫌われ役」「泥被り役」ともいえる。いざとなったら、たとえ自分が全く悪くなくても頭を下げるということも辞さない。それが、立場である。上の立場にあるから偉いようで、なかなかに辛い立場のようである。

そう考えると、学校訪問というのは、ピンチをチャンスに変える契機である。なあなあでない、フラットな目でチェックしてもらえる。学校内が何か乱れている、という時の立て直しの機会にもなる。

もしこれから訪問がある、という場合、自分のこれまでの総点検のチャンスだと思って迎えられるといいかもしれない。

image by: Shutterstock.com

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