例年この時期に話題に上る北朝鮮の食糧問題ですが、今年は研究者でも情報入手が難しいようです。韓国で農村奉仕活動の経験がある北朝鮮研究の第一人者の宮塚利雄さんは、自身のメルマガ『宮塚利雄の朝鮮半島ゼミ「中朝国境から朝鮮半島を管見する!」』で、脱北者の手記を紹介。農村動員の際の劣悪な環境での「田植え」の実態を伝えています。
例年であればこの時期は過酷で劣悪な…北朝鮮「農村動員」の地獄とは?
最近の北朝鮮問題の関心事は、「金正恩朝鮮労働党委員長の現地指導と健康状況云々」のようだが、金正恩の「現地指導」といっても、何も分からない奴がいかにも「自分は何でも知っている。だからお前たちに指導してやるのだ。だから、きちんとメモを取れ」と言わんばかりに工場や企業所、軍部隊の視察を行っている。
高杉晋作ではないが、「どのように高遠な識見も、それが現実に根をおろして実行されないのであれば一椀の汁にも劣る」(山岡荘八の小説『高杉晋作』講談社)と言うが、傲慢で厚顔無恥の金正恩が「高遠な識見」などあるはずもない。
ただ皆が「うわの空で、何言っているんだ、この白豚野郎は、早く終われ」と思いながらも、「御説ごもっともです」といかにも分かったようなふりをして聞いているだけである。
聞いている者が質問でもしようものなら大変なことになるので、金正恩の一方的な演説で終わるのがオチだ。
ところで、北朝鮮ウォッチャーとして例年ならば、北朝鮮の田植えと食糧問題などに言及しなければならないのに、同業他者や異業他者も北朝鮮の田植えや食糧問題にはほとんど触れていない。
北朝鮮の人民にとって「田植え」がどのようなものであるのかを、『統一日報』の「ノースコリアンナイト──ある脱北者の物語33」から紹介する。
6月、今もそのときのことを思い出すととても辛い。農村動員は多くの危険が潜んでいた。しかし、学校から配られた農村動員準備品等のマニュアルには、その危険については何も書いていなかった。準備品目の1番目は、宿泊する家と食堂になる家の金日成と金正日の肖像画を毎朝掃除する「忠誠の掃除道具箱」だ。
この箱には白いハンドタオルと赤いビロードで作ったレースなどの決まった物が入っている。毎朝1人ずつ交代で掃除するのではなく、泊まっている全員が起きたら最初に肖像画を掃除してから他のことをする掟になっていた。この掟を守らないと思想闘争の的になるのだ。
農村の家庭は、藁でご飯を炊くので埃だらけだ。また土と藁を混ぜて壁に貼っただけの壁紙は何の意味もなく、ドアを開け閉めするわずかな衝撃でも土が落ちてきた。それに朝から晩までの仕事で農場員たちの作業服などは泥まみれで、毎日掃除とお風呂が必要だが、水汲みも少量しかないし、お風呂もないから、とにかく汚い環境だった。(後略)
私も1973年5月に韓国の慶熙大学の大学院に留学したときに、同大学の農村奉仕活動グループの一員として、韓国語がほとんどできないのにもかかわらず参加した。場所は江原道の山間地域の農村であった。風呂などはなく、近くの小川でみな沐浴をしたり洗濯をした。宿舎は小学校の体育館であった。
(宮塚コリア研究所代表 宮塚利雄)
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