滲む米国社会への絶望。バイデンは年頭演説で何を「語らなかった」のか?

 

悲願としての銃規制と警察改革

内政問題の中で大きな比重を占めたのは、雇用創出などの経済政策と税の不公平是正で、それぞれに全体比20%程度が割り振られた。が、内容的にはこれまで2年間の小さな実績をいくつも並べながら、その先へ進むには超党派での法案通過に共和党の協力をお願いしたいと懇願するというパターンの繰り返しで、目覚ましいものは何もなかった。それよりもバイデンが演説の山場として盛り上げたかったのは、銃規制と警察改革の部分だったようで、分量的には全体比14%程度だったが、恒例となっている議場に招待するゲストとして、次のような全米で知られた事件の当事者をずらりと並べて見せた。昨年テネシー州メンフィスで5人の警官に撲殺されたタイリー・ニコルスの両親、20年にミネアポリスで警察に殺されたジョージ・フロイドの兄弟、18年にミズーリ州ファーガソンで警官に射殺されたマイケル・ブラウンの家族、さらに議員の招待枠で昨年ミネアポリスで警官に射殺されたアミア・ロックの父、この1月にカリフォルニアのモンテレイ公園で11人を連続射殺した犯人を素手で取り押さえたブランドン・ツァイ本人……。

そしてその前で情感を込めて、「子供を失った心の痛みは筆舌に尽くせない。が、想像してほしい。あなたの子供が法執行者の手で命を奪われたという事態を想像してほしい」と訴えた。しかし、これを詳しく報じた英BBCのアンソニー・ザーチャー特派員は冷たい口調でこうコメントした。「しかしながら、現実には、警察改革も銃規制もほとんど成功のチャンスがない。……米国の政治家は警察の野蛮と銃の暴力にどう対処すべきかについて合意できそうにない」と。

その現実を想うと、以下のバイデンの情感を込めた長い演説は米国社会の暴力体質への絶望を表しているようにも聞こえる。

《資料1》バイデン演説の「銃規制・警察改革」の部分

★日経翻訳をベースにしているが、抜けている部分や意味不鮮明の部分は本誌が原文を参照して補正した。

▼新型コロナはパンデミックの最初の年である20年に暴力的な犯罪の急増など他の傷痕を残した。我々にはすべての人々の安全を確保する義務がある。公共の安全は、公共の信頼にかかっている。だがあまりにも多くの場合、その信頼は裏切られる。

▼先週にタイリー・ニコルズさんを埋葬しなければならなかった両親が、今夜(この会場に)参加している。子供を亡くした心の痛みと悲しみは言葉では言い表せない。しかし、法執行者の手によって子供の命が奪われるとはどういうことか想像してほしい。あなたの息子や娘が通りを歩いたり、公園で遊んだり、車を運転したりしただけで帰ってくるかどうか心配しなければならないことを想像してほしい。

▼多くの黒人や褐色人種の家族が子供と(身の安全について)話す必要があったのとは違って、私は自身の子供であるボーとハンター、アシュリーとそういう話をする必要はなかった。警察官に車を止められたら、室内灯をつける。免許証に手を伸ばさず、ハンドルから手を離さない。米国で毎日そのように心配しなければならないことを想像してみてほしい。タイリーさんの母親に対して、どのように勇気を出して声を上げ続けているのか尋ねると、次のように答えてくれた。彼女は息子が「美しい魂であり、これから何か良いことが起こるだろう」と言った。(この言葉に)どれほどの勇気と人格が必要か想像してみてほしい。

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