ヒトにはほかの霊長類が持つ「噛む力」を強くする遺伝子がないそうです。そんな人類が生きていくことを可能にしたのが、火を利用した「料理」だったと考えるのは、CX系「ホンマでっか!?TV」でもおなじみの池田教授です。今回のメルマガ『池田清彦のやせ我慢日記』で池田教授は、イノシシを家畜化したブタに起こった変化がヒトにも起きたと仮定し「人類の自己家畜化」について考察。さらに、近年の医療の進歩によって「家畜化」に生じている新たな側面についても伝えています。
本気で考える人類の「自己家畜化」への道
前回は、人類の自己家畜化は農耕を始めてから起こったという話をした。
家畜化すると食性が変わり、それに合わせて、形態が変化する。オオカミからイヌに変わった結果、顎や歯が小さくなり、側頭筋や咬筋も縮小した。これはエサが柔らかくなって、噛む機能が退化したためだと考えられる。
ヒト以外の霊長類はMYH16(Myosin Heavy Chain 16)と呼ばれる、側頭筋と咬筋を強靭にする遺伝子を持っているが、ヒトにはない。200万年くらい前に突然変異によって消失したと考えられる。人類が山火事などで自然発火した火を使えることを覚えたのは、MYH16の喪失と呼応しているように思える。
火を使えば食材が柔らかくなり、顎の筋肉は強力である必要はなくなる。火を使うことを覚えたのはホモ・エレクトスの時代だったようだが、ホモ・サピエンスが自ら火を起こして日常的に使えるようになったのは12~13万年前のことだと言われている。
火の使用を覚えてから、人類は火を用いて料理を始めたのだろう。ホモ・エレクトスの歯の付着物から、加熱処理なしには食べるのが難しかったであろう硬い肉や根菜の断片が見つかっている。MYH16遺伝子の消失は突然変異による偶然であるが、これが余りにも非適応的な変異であれば、集団中に広まらない。火を使って料理をすることにより、食べ物が柔らかくなったので、噛む力が弱くなっても、生きるのに差し支えなくなったのだ。
多くの家畜は人間によって食性を変えられることにより、形態が変化するが、人間は、自ら料理をすることにより食性を変えて、これに呼応して形態が多少変化したのである。これも広義には自己家畜化と言えないこともない。イノシシを家畜化したブタは自ら動き回ってエサを摂る必要がなくなったので、歯や顎といった咀嚼器官が退化傾向を示し、鼻先が短くなった。これはオオカミからイヌ、あるいはサルからヒトへの変化と軌を一にしている。
家畜化に伴って、イヌやブタは周年繁殖をするようになったが、これも何時でもエサがあることと関係している。ヒトもかつてエサの供給量が季節によって大幅に異なっていた時は、季節繁殖をしていたのかもしれない。しかし、ニホンザルは季節繁殖、チンパンジーは周年繁殖をすると言われているので、ヒトの周年繁殖はヒト以前からの習性であった可能性もある。そうだとすれば、ヒトの周年繁殖は自己家畜化とはとりあえず無関係だ。
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