先日、イギリスのキャメロン元首相が、スナク現首相の要請に応じて外務大臣に就任したことが話題になりました。英国では首相経験者が閣僚に就任することは稀で、実に35年ぶりのことでした。同国では首相退任後に議員辞職することも多いようです。翻って日本の状況を見ると、英国とは大違い。今も多くの首相経験者が要職に就き、議員辞職もしていません。今回のメルマガ『ジャーナリスト伊東 森の新しい社会をデザインするニュースレター(有料版)』では伊藤さんが、英国と日本の違いについて紹介しながら、日本で「ゾンビ元首相」が生まれてしまうメカニズムについても解説します。
プロフィール:伊東 森(いとう・しん)
ジャーナリスト。物書き歴11年。精神疾患歴23年。「新しい社会をデザインする」をテーマに情報発信。1984年1月28日生まれ。幼少期を福岡県三潴郡大木町で過ごす。小学校時代から、福岡県大川市に居住。高校時代から、福岡市へ転居。高校時代から、うつ病を発症。うつ病のなか、高校、予備校を経て東洋大学社会学部社会学科へ2006年に入学。2010年卒業。その後、病気療養をしつつ、様々なWEB記事を執筆。大学時代の専攻は、メディア学、スポーツ社会学。2021年より、ジャーナリストとして本格的に活動。
英元首相キャメロン氏の「外相復帰」で問われる”元首相の品格”。日本とイギリスとの違いは?「ゾンビ元首相」を生むメカニズム
つい先ごろ、イギリスと日本において”元首相の品格”が疑問視される事態が発生した。イギリス政界を引退し、一般人となっていたキャメロン元首相が、現首相のスナク氏の要請に応じて、外務大臣に就任した。
イギリスで首相経験者が閣僚に就任するのは53年ぶりの出来事であり、現地ではかなり注目を浴びている。あるイギリスの元閣僚は、
「キャメロンは現代の政治史上、最大のアップグレードだ」(1)
とまで評したという。
イギリスのスナク首相は、13日に内閣改造を行い、キャメロン氏を外相に任命した。保守党を率いるスナク氏は、2025年1月までに行われる次の総選挙に向けて、経験豊富で知名度の高いキャメロン氏を閣僚に起用することで、支持率の回復を目指している(2)。
実は、イギリスでは首相が退任すると、議員を辞職するケースも少なくない。そのため、キャメロン氏の”復帰”がますます注目を浴びている。
早稲田大学の高安健将教授(英国政治)によれば、歴代の英首相の中には、サッチャー氏(首相任期1979~1990年)のように上院議員に転身したり、メイ氏(2016年~2019年)のように下院議員として務め続けたりする例もあるという。
ただし、キャメロン氏(2010年~2016年)やブレア氏(1997年~2007年)、ジョンソン氏(2019年~2022年)などは、首相任期終了後に議員を辞職した(3)。
対して、日本もイギリス同様、議院内閣制の国であるが、日本の元首相たちは政界から引退することが少ない。
菅義偉氏、野田佳彦氏、麻生太郎氏など、首相経験者たちは現在も議員として活動を続けている。この状況は、「ゾンビ元首相」と呼んでいい事態だ。なぜ、イギリスと日本では、ここまで違いが生じるのか。
目次
- キャメロン元首相とは
- 対して“元首相”がいつまでも影響力をもつ日本
- ゾンビ元首相を生むメカニズム
キャメロン元首相とは
キャメロン氏は2010年に43歳で首相に就任。イギリスの財政再建や経済成長をある程度、もたらし、とくに中国との経済関係強化を進め、「英中蜜月時代」をもたらした。
他方、イギリスの欧州連合(EU)離脱の是非を問う2016年6月に実施された国民投票ではEU残留を訴えるも、しかしEU離脱支持が多数となった結果を受け、同年7月に首相を辞任。9月には下院議員も辞めて政界から引退する。
英BBCは、
<「政治というのは、本当になんともはや。
ブレグジット(イギリスの欧州連合離脱)という、イギリス外交におけるここ数世代で最大の出来事をうっかり扇動してしまった人物が、ブレグジットを支持する首相の下で、外交の顔となった。
そう、うっかりだ。思い出してほしい。キャメロン氏は2016年に行ったEU離脱をめぐる国民投票によって、自分が推進するEU残留が勝つと期待していた。しかしそうはならず、彼は政界を去った。少なくとも今までは。
いったい、なにごとなのか。」>(4)
とまで書いている。
キャメロン氏が首相だった頃、スナク氏は完全な無名であり、若く野心的な議員だった。しかし、スナク氏はブレグジット(EU離脱)を支持し、首相に抵抗し続ける。そして今ではスナク氏が首相になり、キャメロン氏を自分の閣僚に任命した。
さらに、キャメロン氏は政界復帰に際し、上院(貴族院)の議員になり、「キャメロン卿」ともなる。彼は国際的な人脈を持っており、新たな外相としては大いに役立つだろう。また、彼は総選挙で勝つためのアドバイスも持っているとされる。
一方、最大野党の労働党の議員たちは、キャメロン氏の復帰について困惑している。
「ぼうぜんとしてマーマレードを落としてしまうほどの大ニュースだからといって、それが良いアイデアとは限らない」(5)
とまで話す議員もいた。このキャメロン氏の抜擢が、「保守党政権の終わりの始まり」となる可能性さえある。
対して“元首相”がいつまでも影響力をもつ日本
しかし、キャメロン元英首相が外相として政権に復帰した件は、非常に劇的なものであったことを繰り返していう。さらに言えば、彼は下院議員ではなく、選挙によって選ばれない貴族議員として政府高官に復帰した。
これと同様の例は、英政界でも1700年以降にわずか12人程度しか存在しない。実際、イギリスでは首相が辞任した後に議員も辞めるケースは珍しくない。先の早稲田大学の高安氏も東京新聞の取材に対し、
「(イギリスは)「日本と異なり、基本的に英首相は在任期間が長く、新しいリーダーで次の時代を進んでいくに当たり、仕切り直しの意味合いから前の時代と距離を取る傾向が強い」(6)
と指摘。
「政争で引きずり降ろされたり、総選挙で負けたりするなど英国でイメージ良く辞めた首相はおらず、その後に議員などにとどまっても、昔のことを批判され続けるリスクもある。党にとってもそれは望ましくないので、新陳代謝が進む傾向にある」(7)
と説明する。
一方、日本の元首相たちは、一般的に政界からすぐに姿を消すことは少ない傾向にある。例えば、麻生太郎氏はかつて総選挙で敗れて首相を辞任したが、その後に自民党が政権を奪還すると、副総理兼財務相として政権の舞台に舞い戻る。
同様に、安倍晋三氏も健康上の理由から首相の座を1年で去ったものの、数年後に再びその地位に就くこととなる。過去には、宮沢喜一氏が小渕恵三首相の要請で蔵相に就任した例や、森政権時代に橋本龍太郎氏が行政改革や沖縄・北方担当相として登用されたケースも。
加えて、田中角栄氏のように派閥のリーダーとして長く影響力を保ち、「キングメーカー」として政界に名を馳せた人物もいる。政治ジャーナリストの泉宏氏は、
「次の大統領選に出るというトランプ氏は例外で、首相経験者が国のトップや閣僚に返り咲く例はG7ではほぼ日本だけ。それは日本の政治構造の特殊化に起因している」(8)
と語る。
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