【貧乏旅行記】バックパッカーがスペインの廃村で過ごした不思議な夜

 

なんだこれ?これが町か?しかし地図と照合してもサン・ペドロで間違いなさそうだ。さらに困ったのは、このサン・ペドロらしき廃村の外へとつながる道路が、いま自分が通ってきた獣道みたいな細道以外どこにもないことだった。

呆然とした。ミシュランの地図ではサン・ペドロから北上する道が通り、その5、6キロ先にアグア・アマルガという町があって、僕はこの日アグア・アマルガまで歩くつもりでいたのだ。なのに、陸地はすべて山で塞がれている。海に面した砂浜沿いに抜け道があるのかもしれないと思い返して砂浜を歩いてみたが、海へとせり出した岩山に行く手を遮断されて徒労に帰した。

こうなると早いところ例の細道を引き返してラス・ネグラスに戻らないと晩めしにもビールにもありつけないし、野宿する羽目になってしまう。しかたなくラス・ネグラスに引き返すことにした。

ところが前方から若い男がひとり、リュックサックを背負ってやってきたではないか。かなりの長身で、精悍な顔つきのスペイン人だった。

すれ違うのも厄介な細道で事情を話すと、意外なことにサン・ペドロから北上してアグア・アマルガへ抜けることは可能だというではないか。道もないのになぜ可能なのか、お互いのつたないスペイン語と英語の語学力でははっきりしなかったが、

「オレはサン・ペドロに10日間住んでいる。絶対にアグア・アマルガへ行けるよ。それにサン・ペドロにはオレ以外にも5人いるぞ。だから君も今夜はサン・ペドロに泊まりなよ」

なんと、あの廃村に人がいたのか。こりゃたまげた。いったいどこにいたんだろう。

そして僕はその夜サン・ペドロで、彼――フリオといった――やほかの連中と奇妙な一夜を過ごすことになる。しかしあれは夢や幻ではなかったか。20年を経た今でさえ、ときどきあの一夜のことを思い返すのだ。ほんとうに現実だったのだろうかと。

僕はフリオの言葉を信じて彼の後についてサン・ペドロに戻った。

「ここで寝たらいい」

フリオはそういうと一軒の廃屋のひと部屋を指さした。崩れ落ちたレンガ壁には黒いペンキでなにやら落書きされている。床は砂まみれで、屋根は部屋の半分だけを覆い、残り半分は場違いな青空が見える。日が暮れると幽霊でも出そうなおどろおどろしい空間だった。お世辞にも住み心地がいいとはいえない。ちなみに彼のねぐらは隣の似たような廃屋の一室だった。

しかしそろそろ日も暮れる。この時間からベターなねぐらを探すのは無理だろう。僕はフリオの言葉にしたがって床にリュックをおろした。

しばらく床に敷いたマットに疲れた身を横たえて潮騒に耳を傾けていると、ここの住人が3人連れだってやってきた。

「オッラー!」

「オラ」

「ハッロー!」

スペイン語で声をかけてきたふたりは20代後半の男たちで、そのうちのひとりは20本ほどの笛を入れたバッグを肩から下げていて、もうひとりはどうしたことか、鼻がムギューッと右側にひん曲がっている。英語の「ハッロー!」は、ショートカットでボーイッシュな20歳前後の女の子だった。フリオはいないが、先ほど彼がいっていたサン・ペドロに仮住まいする6人のうちの3人だろう。これで僕は6人中4人と顔を合わせたことになる。

目の前にいる3人全員がスペイン人で、サラーという名の女の子が英語でいろいろ説明してくれた。

サン・ペドロは数十年前に全住民が移住してしまった廃村で、今では一部のナチュラリストだけが知っている秘密の楽園なんだそうだ。

「ここの自然ってすばらしいでしょ。山も海も空も。それに、気づいた?ここの地面も山も、陸地は全部化石でできてるのよ。ロマンチックじゃない?」

そういわれて部屋の外へ出てしゃがんでみると、あ、ホントだ。地べたは完全に二枚貝、巻貝、サンゴその他の化石で覆われていた。石の合間に化石を見つけるというのではなく、本当に地べたそのものが化石の集合体なのだ。歩いていてまったく気づかなかったが、この様子だと、サラーがいうようにサン・ペドロを取り巻く屏風のような山々がすべて化石で成り立っていても不思議はない。海底だった場所が地殻変動で隆起したものだろう。

そういえばここの山々を見たとき脆そうな印象を受けたのは、化石が堆積してできた山だからではないだろうか。僕は、自分のまわりの大地がすべて化石でできていると知って興奮してしまった。

コニル・デ・ラ・フロンテラのキャンプ場でスペインの大学生たちと。個人的には中央奥のコが好みである。

コニル・デ・ラ・フロンテラのキャンプ場でスペインの大学生たちと。個人的には中央奥のコが好みである。

>>次ページ スペイン版!一夜限りの”男女7人秋物語”

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