【春闘】かつては国鉄が8日もストップ。もうストは時代遅れなのか?

shima
 

今となっては信じられない話ですが、昭和の時代にはたびたび国鉄、現在のJRがストのために走らず、一般市民は大変な迷惑を被っていました。それだけ労組が強かったという証なのですが、では今の世は? 無料メルマガ『ジャーナリスト嶌信彦「時代を読む」』に、労組の現状と日本の今後についての考察が記されています。

たそがれの官製春闘

2月23日の新聞を見ると春闘の象徴的な人物だった元国鉄・総評(現連合)事務局長の富塚三夫氏が亡くなられたことが報じられていた。富塚氏は国鉄労組の書記長時代は公営企業はストできなかった為、スト権を得るためのスト(スト権スト)を8日間も続けたという労働組合の象徴的な人物である。

今の春闘がどのようになっているのかというと「官製春闘」。その「官製春闘」もどうもたそがれになってきたという話を今日はしたい。

春闘は今や大きく様変わり

富塚氏の時代と今の時代とでは「春闘」は大きく様変わりした。春闘とは、労働組合と経営者が闘い、賃上げを要求するものだったが、今はそういう闘いはほとんどない。どちらかというと安倍首相が企業側に「アベノミクスが上手くいっていることを見せるために賃金上昇を懇願するということで2年が経った」。3年目を迎える今年も懇願しているようだが、企業もなかなかいうことをきいてくれなくなり、「官製春闘もいわばたそがれ」になってきた。

春闘の変遷

「春闘」という言葉そのものは1955年に出てきた。当時、自動車、電機、化学、鉄道、紙、石炭などの8つの業界が、それぞれ企業別に行なっていた賃金交渉を毎年春に足並みをそろえて行なったほうがよいということで「春闘」が始まった。そこで獲得された賃上げ相場が他の産業にも普及していき、60、70年代は鉄鋼が先陣を切って「鉄鋼相場」が決まっていたが、80年代になると徐々に「春闘」はたそがれてきた。

春闘で大きな力を発揮したのは国鉄で、「鬼の動労(国鉄動力車労働組合)」と言われるほど動労は非常に強かった。当時は「昔陸軍、今動労」などとも言われ、先ほど名前をあげた富塚氏の時には8日間国鉄ストを行なったり、狂乱物価の時には30%以上の賃上げを獲得するなどしていたが、すっかり今では様変わりしている。

当時は大きなストライキが何度もあり、全国で電車が止まるゼネスト」によって、都心でもみんな歩いて会社に行ったり、「都営」の電車は動いていた為、なんとか「都営」が通っている電車の駅に辿りつけばなんとか会社に行けると言っていた。

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