【書評】奇跡の「水平に開くノート」を作った老人コンビの柔らか頭

 

「ノートってこういうもんだよなぁ」と中村社長は顔を見合わせた製本職人の博愛氏にいうと、「いや、やり方によっては、ノドが膨らまないノートだってできるよ」と、思いがけない言葉を返した。

ノドというのは見開いた時の綴じた部分だが、今、世間に出回っているノートや書籍の製本方法は少コストで機械での大量生産を前提にしているから、開いた時に真ん中が膨らむのが当たり前。しかし、戦争前から製本一筋の博愛氏は、機械を使わず手間をかければ膨らまない製本も可能で、実際に50年前にお遊びで作ったことがあるという。

手間と時間を惜しんで誰も作らない、水平に開くノートを作ることができたら…。

「おれたち毎日毎日、大した仕事もなくて暇で、時間ならいくらでもあるんだ。ジジイ二人で、世の中アッと言わせてやろうよ!」と、中村社長と中村博愛氏は水平に開くノートの開発への着手を決意した。

博愛氏がかつて作ったのは、針金や糸を使わずに、接着剤によって紙を止める方法だった。しかし、接着剤の製造の安全基準も昔と変わり、当時と同じ成分の接着剤は存在しておらず、接着剤の研究も困難を極めた。膨大な経費をかけ、開発を始めて2年あまりの2014年、ついに水平開きノートは完成し、特許も取得することができた。

大手卸業や金融機関に騙されて、水平開きノートは大して売れないまま何千冊という大量の在庫が発生してしまった。

博愛氏が、2016年の元日に新年の挨拶に来た専門学校生の孫に、数冊のノートを渡したが、「こんなの使う人いないよ」と言いながらも、携帯電話のカメラでパチパチと撮って、「今つぶやいたから」と言った。「うちのおじいちゃんノートの特許とってた…宣伝費用がないから宣伝できないみたい。Twitterの力を借りる! どのページを開いても見開き1ページになる方眼ノートです」と、twitterにツイートしたのだ。

このツイートがネットでどんどん拡散され、その日から、中村印刷所に大量の注文が舞い込み、大手印刷会社が量産の協力を申し出たり、大手文具メーカーと技術提携の話が進んだりと、全く間に大事業となり、中村印刷所は復活した。

印刷しかできなかった73歳の中村社長と製本しかできなかった80歳の中村博愛氏の二人のおじいちゃんが、現代の日本で誰もできない、誰も作ろうとしなかったノートを作った。それができたのは、自分たちが一つの道を信じてコツコツと努力を積み重ねてきたから。

水平開きノートを使って勉強してくれた子どもたちには自分の信じる道を見つけて歩んでいき、いつの日か、誰も成し遂げたことがないような仕事を達成できる人になって欲しい、と中村社長は語る。

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