──そこからどのようにして立ち直ってこられたのですか。
和貝 「ある日、たまたまテレビのドキュメンタリー番組を録音して、お布団の中で聴いてみたんです。伝統的な漁師の暮らしを紹介する内容でしてね。
たぷん、たぷんと舟に打ち寄せる波の音に、櫓を漕ぐ音が重なり、遠くからカモメの声が聞こえてくる。
脳裏にその場の情景がありありと浮かんできたところで始まったナレーションがとても心地よくて、思わず聞き入ってしまいました。
番組が終わった時には、痛いことも辛いことも忘れている自分に気がついてびっくりしたんです」
──あれほど酷かった症状を忘れてしまった。
和貝 「ひょっとして、耳を刺激して想像力を働かせたことでエネルギーが湧いてきたのかなと思って、それから通信販売で朗読CDを入手しては聴くようになりました。
最初に聴いたのは江守徹さん朗読による中島敦の『山月記』でした。官吏を辞め、詩作で名を挙げることを夢みながらも挫折して虎になった人の話ですけど、彼が臆病な自尊心と尊大な羞恥心のせいで不本意な人生に陥ってしまったと告白するくだりに、自分が鬱病になった原因の一つを指摘されたような気がしました」
──ご自身の心情と重なるところがあったのですね。
和貝 「ええ。フリーアナウンサー時代の私は、厳しい競争の中で弱みを見せまいとして孤立していました。
でも、もっと自分の弱いところを晒け出して人と関わっていたら、あそこまで自分を追い詰めることもなかったのではないかと気づかせてもらったんです。
そうして耳から情報を得たり学んだりすることを私は「耳活」と呼んで、いまでも大切な習慣にしているんですけれど、耳活からたくさんの気づきをいただくうちに、再び本を手にとって読めるまでに回復しました。
ただ、最初は黙読の速いスピードに理解がついていかなかったので、音読をして自分のペースでゆっくり耳に情報を入れていくようにしたわけです。
特によかったのが「朝音読(あさおんどく)」でした。朝一番に音読をすると頭の働きがスムーズになって、思考力、理解力、記憶力、判断力などが活発になるのを実感するんです。
おかげでコミュニケーションが楽になり、エネルギー切れを起こさずに働ける日が増えてきたことは、本当に大きかったですね」
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