共通テストが「難問だ」という生徒は「使われる側」になる運命

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「身の丈」発言に批判が殺到し、文科大臣が実施を見送ると発表するまでに発展した共通テスト英語科目での民間試験導入問題。しかし共通テストの抱える課題が実は英語にとどまらないことは、教育関係者は以前から指摘していたと、メルマガ『虚構新聞友の会会報』の発行者で虚構新聞の社主UKさんは言います。こうした問題点よりも、生徒・保護者・教育関係者は、試験制度変更からみえる「国が求める若者像」のシフトを理解し適応する必要がありそうです。

流言蜚語〜大学入学共通テストの話〜

来年度から大学入試センター試験に変わって始まる「大学入学共通テスト(以下、共通テスト)」の英語で、民間試験の導入が延期されることになりました。

▼萩生田文科相 英語試験 抜本的に見直し 5年後実施に向け検討(NHK)
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20191101/k10012160001000.html

今年度は高校生を受け持っていないこともあって、現場の声が社主の耳には入ってこないのですが、新制度で受験する高校2年生以下はそれに合わせてしかるべき受験対策をして備えていたことでしょうから、学生だけでなく、学校も予備校も今ごろ関係全方面が激怒プンプン丸(※今年の流行語大賞候補)であろうことは想像に難くありません。

▼ババ引かされたのは受験生だ! 英語民間試験 なぜ国は推進した(NHK)
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20191107/k10012167391000.html

ギリギリになっていきなり民間試験の問題点がクローズアップされたのは、ご存知のとおり、萩生田文部科学大臣の「身の丈」発言がきっかけでした。しかし、英語にとどまらず、共通テストについては、教育関係者の間でかなり昔から問題点が指摘され続けていました。導入に向けてこれまで何度もプレテストを行ってきましたが、その度に課題が出続けていたのです。

▼科目別正答率にばらつき 難易度調整に課題も 大学プレテスト結果速報(産経新聞)
https://www.sankei.com/life/news/181227/lif1812270027-n1.html

▼大学入試担当者「難しくて差がつかない」 共通テスト(朝日新聞)
https://www.asahi.com/articles/ASL9R5212L9RUTIL00R.html

辞任ドミノの「次」として萩生田大臣をロックオンしたのか、今ごろになってようやく野党がこの問題を取り上げ出しましたが、教育に携わる者の端くれとして言わせていただけるなら「遅い!」の一言に尽きます。本当に由々しき問題だと思っているのなら、何でもっと早くから指摘しなかったのか。政権への攻撃材料に使えない社会問題はまるで存在しないかのごとき野党の無関心が露呈したようで、残念な気持ちにさせられます。

さて、この件について、あまりご存知ない方のために改めて簡単に説明しておくと、来年度から始まる共通テストの英語では、これまで「リスニング(聞く)」と「リーディング(読む)」を重視した大学入試センター試験を、「聞く」「読む」「話す」「書く」のいわゆる4技能へ拡大することになりました。

ただし、日本人が苦手な「話す」技能を一斉に測るのは、さすがにコストがかかるため、英検やTOEFLなど7種類の民間試験に委託しようとしたわけです。ちなみに当初、会社員にはおなじみのTOEICも入っていましたが、その後参加を取り下げます。

▼実は受験生ファースト? TOEICが大学入学共通テストから撤退した真の理由(AERA)
https://dot.asahi.com/aera/2019070800078.html

そもそも「取引先との会話」とか「ビジネスメール」だとかビジネス英語を使った設問が多いTOEICが入っていること自体いかがなものかと思っていたので、TOEICの参加取り下げは妥当だと思います。しかし、それ以外の民間試験であっても、例えばその1つ「IELTS(アイエルツ)」は、主に英国圏の大学留学資格を得るための資格であって、英検に比べると相当難しいものです。

このように難度に差がある7つの資格試験をひとまとめにして「さあ、どれでもご自由に受けてください」と言われても、受験生は戸惑うばかりです。さらに最大で5倍近く差がある受験料、そして試験会場の地域格差もまた平等性の観点から問題含みでした。そんな中で起きた「身の丈」は、この事情に対する極めて無配慮な発言で、文科大臣直々に学生を突き放すようなことを言ったのだから、そりゃ地方在住や経済力のない家庭の学生が激怒プンプン丸になるのも無理ありません。

さて、英語の件が結局撤回となってしまった今、野党が新たな攻撃材料としているのが国語」です。

国語の新試験では、これまでのマークシート式だけでなく、記述問題も加わるのですが、何しろ50万人分の解答を採点する以上、採点者としてアルバイトを雇わねばなりません。予備校の模試ならともかく、受験生の人生を左右する厳正な採点を未熟なバイトに委ねてよいのか、ということです。

なお、こちらはまだあまり注目されていないようですが、記述問題は国語だけでなく、数学にも導入されます。空欄に入る数字をマークして埋めていく従来のセンター方式だと、ある程度解法の流れが問題文から推測できてしまうので、本当の意味で数学的論理力を測るのなら、記述問題の導入は良い試みと思います。国語と違って解法の数もある程度絞られるので、アルバイトでも採点できるでしょう。

しかし、記述数学の課題は採点ではなくその正答率です。昨年11月に文科省が行ったプレテストでは、正答率が最も高くて10.9%、最も低い問題では3.4%しかなかったのです。センター試験の数学ではどれほど正答率が低い問題でも概ね6〜7%であることから、この3.4%という数字からいかに難問であるかがわかってもらえると思います。

▼大学共通テスト 記述式に課題 数学平均点は30点以下(産経新聞)
https://www.sankei.com/life/news/190404/lif1904040023-n1.html

平均的な受験生の心理を想像すると、記述のような「面倒な問題」は捨てて、マーク部分に時間を重点配分したほうが限られた試験時間の中では得策だと考えたのでしょう。それは至極ごもっとも。受験生の学力と配点によりますが、得点率8割も要らない大半の生徒には、社主も「記述は捨てろ」と指導すると思います。そもそも2次試験で数学の記述を課すような上位校を受ける一部を除いて、大半の学生は入試レベルの数学を書いて解く訓練をろくに受けていないのです。特に文系学生にとっては、数学を記述で解くなど悪夢以外の何物でもありません。

このように英・国・数どれを取っても準備不足と言わざるを得ない現状を知れば「何でこんなに厄介なテストに変えるのか。センター試験のままではいいではないか」と思う人も多いのではないでしょうか。社主もマークシート式特有の問題はあると思いますが、それでも長年かけてノウハウを蓄積してきただけあってセンター試験には良問も多く、利点が欠点に勝ると考えています。

しかし、それでも入試改革を強行しなければならない理由があるのかもしれません。あえてその理由を想像するなら「社会が求める労働者像がこの先大きく転換することを示唆しているようにもみえます。

ITやAIの急激な発達によって、これまで人間にしかできなかった知的労働が今どんどん機械に取って代わられています。産業革命で伝統的な職人が職を失ったように、ITによる効率化で単純な知能労働者も職を奪われる時代になっているのです。セルフレジ然り、自動運転タクシー然り、人間が働ける場所が減りつつあります。そしてそれは同時に「人間にしかできない労働がより知的に高度な洗練されたものへと限られていくことも意味します。

そうなるとこれからの時代、マークシートで高得点を取るような、大量の問題を速く正しく解く=処理能力が高いだけの人材では使い物にならない。それよりも高度な思考力を培わなければならない──。「産業界が要請する労働力を育てるイデオロギー装置」という公教育の性質を考慮すれば、そのように考えた結果が入試に記述問題を導入する契機になったのではないかと推測しています。

しかし、実際問題として記述で得点するのは、楕円を塗りつぶすだけのマークシートのように簡単ではありません。なぜなら論理的思考力というのは、たくさんの知識を下敷きにしてようやく培われるものだからです。現場の者として言わせていただけるなら、学力中位程度の生徒でさえ「主語と述語が一致しない」「話し言葉と書き言葉の区別がついていない」なんていう解答はざら。論理的思考力の前提となる知識以前の、作文の基礎ですら危うい子どもが多いのが現実です。

知識を詰め込む暗記一辺倒はしばしば「暗記ロボットを作るだけ」と批判を呼びますが(そしてそれがあの「ゆとり教育」を生む背景ともなってしまったわけですが)、むしろ暗記だけで十分だった「IT以前」の受験生のほうが、暗記以上のものを求められる今の受験生より幸せだったかもしれません。

ひと昔前なら、文章が書けない生徒でも「一問一答」のような知識問題で何とか得点できたのに、時代が要求する能力が暗記の先にある論理的思考力に移行するとなると、勉強が苦手な子どもたちがこれから直面するであろう苦労を想像するだけで何とも忍びない気分になります。しかし、将来AIに奪われない仕事に就くためには、暗記以上の高度な技能を身に着けなないと生き残れない時代になりつつあるのです。

共通テストの問題点は多々ありますが、たとえ新テストから記述が削除されたとしても、国が筋道立てて記述できる論理的思考力をこれからの若者に求めているのは事実です。ドイツでは失業者の再訓練として、産業ロボットの横に立ち、不具合が起きたときにそれが指示するままに部品を交換するだけの仕事を指導しているそうですが、高度な思考力を持った一部の選ばれし人以外はみな最後は機械のお世話係として生きる道しか残されていないのかもしれません。

何とも生きづらい時代になってしまったものです。

「使う人間」と「使われる人間」の選抜試験に

期せずして共通テストの問題がクローズアップされたので、今回はこの件について、以前から気になっていたことも含めてお届けしました。今回の騒動を通じて、これまで受験生と保護者と教育関係者しか関心を持たなかった共通テストがようやく脚光を浴びることになったのは怪我の功名と言えるかもしれません。これを機に、より洗練された入試制度になることを願うばかりです。サンキュー萩生田。

そして、センター試験以上に難しくなることが確実なこの共通テストは、将来、情報技術を使う人間使われる人間を選別する試験として機能するようになるかもしれません。暗記と処理能力を競ったセンター試験時代の能力選別より更に厳しい競争になる可能性もあります。

繰り返しますが、我々凡人にとって本当に生き難い時代になりました。

image by: 首相官邸ホームページ [CC BY 4.0], via Wikimedia CommonsNed Snowman / Shutterstock.com

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京都市生まれ。滋賀県在住。虚構新聞社社主。2004年3月、虚構記事を配信するウェブサイト「虚構新聞」を設立。2010年「アルファブロガーアワード」にノミネート。第16回文化庁メディア芸術祭エンターテインメント部門審査委員会推薦作品受賞。2012年開始のメルマガ「虚構新聞友の会会報」では、記事執筆の舞台裏やコラムなどをお届けしています。

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