コロナ治療の希望の灯「アビガン」を生んだ富士フイルムの奇跡と軌跡

 

富士フイルムの富山化学買収で生まれたアビガン

「アビガン」は元々新型インフルエンザ治療薬として、富士フイルム富山化学が富山大学医学部・白木公康教授(当時、現・千里金蘭大学副学長)が共同開発したものだ。

14年に製造販売承認を取得しているが、動物実験により妊娠初期の胎児に催奇性の影響を及ぼすリスクが知られている。従って、妊婦には投与できない。また、男性も精子の量が減少する説がある。そのため、新型または再興型のインフルエンザで、これまでの治療薬に効果がない場合に、製造が開始される特殊な薬品となっている。

アビガンは、インフルエンザ・ウイルスがRNA遺伝子を複製する際に働く酵素の作用を、阻害する。ウイルスのRNAが複製できなくなるので、増殖できず、症状が治まる仕組みである。新型コロナも、インフルエンザと同様にRNA型のウイルスなので、症状を改善する可能性が高いと、アビガンへの期待が高まった。

富士フイルム富山化学は、富士フイルムが2018年に買収し、完全子会社化した製薬会社だ。買収前の富山化学工業は、1936年に設立。技術力に定評があったが、07年3月期には連結売上高約167億円に対して、最終赤字87億円を計上していた。中堅クラスの製薬会社では、膨張する研究開発費の負担が吸収できずに、08年には富士フイルム及び大正製薬と、戦略的資本・業務提携を行っていた。その時点で、富士フイルムは富山化学株の66%、大正製薬は34%を取得。富士フイルムは、ヘルスケア分野を今後の事業の柱と考えていたが、これによってヘルスケアの中核となる製薬に進出した。

08年当時の大手製薬会社トップ3の年商は、武田薬品工業、アステラス製薬、第一三共の順で、概ね1兆円前後の年商を有していた。これらに伍して研究開発力を高めていくには、富山化学は資本力で差が付き過ぎていた。ところが富士フイルムは、これら3社を上回る2兆8,470億円の規模を持っていた。

富山化学は買収を受けるのと引き換えに得た300億円の資金を全額、研究開発に回すと表明。また、富士フイルムの海外インフラを活用し、海外へ販売網を構築できるとした。そして10年後の18年に、富士フイルムは大正製薬から、残りの34%の富山化学株を取得して完全子会社化した。

創業からしばらくは赤字を計上

六本木の東京ミッドタウンにある富士フイルム本社

六本木の東京ミッドタウンにある富士フイルム本社

富士フイルムの起源は、1934年(昭和9年)に大日本セルロイド(現・ダイセル)から、写真フィルム部門を分離して、富士写真フイルムが設立されたことに始まる。

大日本セルロイドは、1908年に創業した堺セルロイドなどセルロイド製造8社が、世界大恐慌を乗り切るために19年に大合併して生まれた会社だった。セルロイドは燃えやすく火災の原因となるので、現在ではほとんど使われなくなった素材だ。

写真感光材料の製造に必要な、良質な水資源ときれいな空気を求めて、大消費地の東京にも近い箱根山麓の神奈川県南足柄村(現在の南足柄市)に、延べ面積1万1,000㎡と広大な足柄工場を建設した。

感光色素の合成や写真乳剤製造は、ドイツ人技師のマウエルホフ博士に指導を受けた。しかも、写真感光材料の日本における開拓者、東洋乾板を吸収合併。当時の有力卸商だった浅沼商会などの販売網を引き継いだ。

ところが当時のフィルム市場は、米国のコダック、ドイツのアグファなど外国製品が市場を握っていた。国産品は品質面で外国製品に大きく見劣りしていた。そればかりか外国勢の大幅な値下げ、映画界による国産フィルムのボイコットが起こり、富士フイルムは創業からしばらくは赤字を計上し続けた。

一方で、34年から早速、朝日新聞社が「ニュース映画」に富士フイルムのポジを採用。タイトルに「純国産富士フイルム使用」の字幕が表示されて、認知度アップに寄与した。ニュース映画とは、戦前から戦後のテレビが普及するまで、映画館で長編映画と併映された短編の記録映画だ。同年、女優・入江たか子が率いる入江ぷろだくしょんの「雁来紅」で長編映画でも初めて採用されたが、フイルムの品質評価は冴えなかった。

それでも、映画用のポジとネガのフイルムの改良をさらに進め、写真用のロールフィルム、X線フィルムなども世に送り出して、37年3月期決算で累積赤字を一掃した。

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